北朝鮮に必要なのは、ウラン濃縮技術だった。
私が金正日総書記時代に北に渡り、その技術指導を乞われたのは、ドイツの技師たちと理由は同じだった。
核燃料用ではなく明らかに核弾頭用にウラン濃縮もしくはプルトニウムの利用を総書記は欲していた。
天然ウラン鉱石は「閃ウラン鉱」というものが長白山脈付近で産出するので原料的には輸入の必要がないとのことだった。
平壌市の施設で私たち外国人科学者は留め置かれた。
閃ウラン鉱は酸化ウランの鉱石で、もっとも一般的なものだが、これを粉砕し、硫酸で溶出させて六価のウランを取り出すのがまず第一の作業だった。
この国では乱暴なことに、ウラン鉱床に井戸を掘り、硫酸水溶液を直接流し込み、その地下水脈に浸潤してくる六価ウラン溶液を鑿井(さくせい)して汲み出すというものだった。
そのため山は荒れ、草木は枯れ果て、川には魚が浮いた。
採取した浸潤液は液ー液抽出をして、濃縮し、沈殿を何度も洗い、乾燥させるといわゆる「イエローケーキ」が得られる。
私はこの湿式精錬法を監督し、ひとまず日本に万景峰号で帰してもらえた。
が、再び、イエローケーキから軽水炉用燃料としてウラン235として20%以上の含有量に高める技術のために招聘されることになった。
イエローケーキのままでは放射能のほとんどないウラン238が99.7%であり、放射性のウラン235はたったの0.7%しか含まれていないのだ。
このままでは重水炉の燃料ぐらいにしか使えない。
しかも重水は高価であり、北朝鮮ではまったく望むべくもないしろものだった。
軽水炉用にはさらにウラン235を濃縮する必要があったのだ。
しかし総書記のもくろみはその先にあった。
核弾頭用にさらに濃度の高いウラン235を所望したのだった。
ドイツの科学者たちは極めて優秀で、六フッ化ウランの昇華濃縮に成功していた。
私も手伝ったが、ほぼ、総書記の要望通りの遠心分離による濃縮効果を認めた。
ただ、装置や防護設備が稚拙だったので、現地の職員が二名ほど被曝し、入院してしまった。
ウランのフッ化物は昇華する性質があり、気化するので、それを遠心分離器にかければウラン238と235の比重差で分離できるのである。
このために日本製の遠心分離機を二台、万景峰号で密輸したのである。

私を手引きした在日朝鮮人の同級生、金明恵(きむ・みょんへ)と私はテドンガン(大同江)のほとりを歩いていた。
春にはまだ遠い、北の三月である。
「なおぼん、ありがとう」
「私は、なにも…」
「よくこの国に来てくれたね」
「おかげで、日本には帰れんようになってしもたわ」
「ごめんね」
「ええんよ」
リラの花の咲くころには、ここにも短い夏がおとずれるのだ。
そしてモランボン公園は百花繚乱で賑わうのだった。