ここは、私の好きなもので囲まれている。

ラジオに、本に、将棋に、お酒…
あとは、心地よい気候と、すばらしい夜空。

仕事は定時にこの島の気象をモールスで送信するだけ。
位置を示すコールサイン(T3LH)、時間、気圧、気温、風速、湿度、雲量、天気…
つまり、ここはキリバスのギルバート諸島に属しているらしい。

そして灯台の明かりの世話も忘れちゃいけない。

年に四度、春分と夏至、秋分と冬至に駐ナウル・オーストラリア海軍のフリゲート「エドワード」が沖にやってきて、カッターを下ろし、兵員五人と技師のエバンス少尉が灯台のメンテナンスをしてくれる。

そのときに、めずらしい食べ物や、お酒も置いて行ってくれる。
日本の駄菓子があったのには驚いたけど。
※このあたりはオーストラリア領、キリバス領、アメリカ領の島々で入り乱れているのだそうで、オーストラリア海軍はここから西のナウルに駐屯していて、めったにこの辺には来ない。


週に二回、日曜と木曜に、マーシャルが小舟で日用品や水を補給に来て、将棋の相手をしてくれる。
マーシャルはいったいどこから来るのだろう。
尋ねても「あっち」としか答えない。
その「あっち」の方角が、訊くたびに違うのには閉口した。

電気は灯台の西側に設置してある「日立製作所」製の風力発電機が頼りだ。

ただタイフーンの通り道でもあるので、その時は羽根をたたんで縛っておく。
羽根がたためるのは「エクアトリアル(赤道)仕様」と呼ばれるもので、特別なものなのだそうだ。
暴風雨の間の電気は、ウェスチングハウス製のエンジン発電機を使うのだ。


私はふとリラダンのことを思い起こした。
彼はフランス象徴主義者の詩人で、作家で、高貴な出身の男だが、その奔放な私生活によって私財を持ち崩し、とうとう極貧のうちに死した伯爵である。
彼の破天荒な生涯は、つとに有名で、当時のパリの文壇、詩壇に多大な影響を与えたらしい。
日本でも三島由紀夫などが影響を受けて作品を書いたという。

わたしが先日、ユイスマンスの『さかしま』を読んで気づいたのだが、ユイスマンスはリラダンをほめそやしている。
ユイスマンスがリラダンを知った時には、リラダンは零落し、がんに侵され、余命いくばくもない状態だったろう。

リラダンが、まだ若く、彼のパトロンたる伯母の財産で食っていたころ、マルタ騎士団の財宝を求めて、あちこちさまよい、掘り倒したことがあった。
これにはわけがあって、ブルターニュのリラダンの本家は大貴族であったのにも関わらず斜陽を迎えていた。
だから母方の伯母の財力なしには、リラダンの家は持ちこたえられなかったのである。
この斜陽を打開すべく、一攫千金の企てがリラダンの「財宝発見」だったらしい。
なんとも浅はかというか、バカげたおぼっちゃまである。
案の定、リラダンは財宝を見つけることはおろか、家財をすってんてんにしてしまうのだった。

パリに出たリラダンはしかし、文才があった(とはいえ難解で、人々にはあまり理解されなかったが)。
パリで芸術家たちと語らい、そのころリラダンが、伯母の莫大な財産を相続したことから、彼の周りに人が集まり出す。
ボォドレェルやマラルメとも親交を深めるものの、淫売に騙されたり、ことごとく女運が悪かったらしい。
プレイボーイを気取るも、カネの切れ目は縁の切れ目で、結局、縁談はなかなか実らなかった。
ただ、一人だけ、未亡人のマリ・ダンティーヌという学のない女と深い仲になり男の子を授かっている。

リヒャルト・ワグネル(ワーグナー)、ユイスマンスとの交流もあり、彼の人となりを表している。
リラダンの小説『未来のイブ』には人造人間が出て来、それを「アンドロイド」と命名したのは彼である。
なかなか面白い人物だと思ったよ。