今週もかなりの案件が山積している。
あたしたち、化学分析班は西田主任と奥(おく)研究員とあたしの三人で構成されている。

昼食が終わって一番に、主任から呼ばれた。
「なおぼん、上京署管内の変死事件の分析はどうなっとる?」
「尿検査の結果が出てます」
「どや?」
「情事の事実を裏付けるにはどうかと思いますが、クエン酸シルデナフィルが尿中から検出されています」
「シルデナフィル?バイアグラやないか」
さすが、西田主任。
彼は薬学博士でもある。
「やっこさん、御歳六十五歳や。まあ、ふつう立たんわな。あ、こら失礼。なおぼんの前でこんな話、セクハラやな。ごめんやで」
「気にせんといてください。あたしも五十でっさかい。そんな話、顔も赤うなりませんわ」

「死因は心臓発作で事件性はないと」
「ですが、被害者は狭心症の基礎疾患を持ってました。ニトロ服用の患者にバイアグラは禁忌です。それを知って、愛人が一服盛ったとは考えられませんか?」

「わしらは、可能性を提供するだけや。捜査は刑事がするこっちゃ。まあ、報告書、はよ上げたって。山田はん、急いどんねん」
山田部長のことである。
京都府警きっての豪腕部長刑事で、あたしは苦手だった。

「それから、伏見区のひき逃げの報告はできてる?」
あたしは、ファイルケースから五十ページに及ぶ紙束を取り出した。
「これが、一応・・・」
主任の前に進んで、渡した。
「塗装片の分析と・・・樹脂片の分析。繊維?こんなもんもあったんか」
「ええ、事故関連じゃないかもしれませんが、着衣由来かと思われます」
「被害者の着衣か?」
「それが、そやないんです」
「ひき逃げ犯の?そらおかしいやないか。車から降りよったんか?」
「たぶん。でもノイズかも知れません」
「ふ~ん。まぁ、塗装から割れるやろ。頼んないけど婆さんの目撃証言もあるねんし」
「両替町の防犯カメラの映像を栗栖君らが当ってますんで、大丈夫でしょう」

バタンとドアが開いて、ツインテールに髪を束ねた新人の山本百合香が入ってきた。
大きなコンテナケースを持って。
「なおぼんさん。これ、七条署管内の絞殺死体付近のゲソコンの石膏」
「ここに持ってきてどうすんのよ。会議室にとりあえず置いてきて」
「はぁい」

次から次と来るわ、来るわ。
「主任、ラブホの防犯カメラに映ってた被害者の相手って目算ついてますのん?」
「いや、あんな暗い画像ではわからんわ。今、交友関係を当たってる。ガイシャのケータイには怪しいやりとりは残ってないねん。あんまりケータイ使わん人みたいやな」
「ほなら、さっきのバイアグラの入手経路を明らかにできますか?」
「こういう薬は医師の指導で処方されるはずなんやが、最近はネットでも買えるからやっかいや」
「ふーん」
「そういう意味では、対面で女が入手するのは難しい。けど、本人をそそのかして入手させるということは可能やろ」
「『あんた最近、元気ないねぇ』とか言うて、バイアグラを買わせるんですか?」
あははと主任が笑う。
「しかしな、なおぼん、インド製の後発品が横行してるちゅう話やで」
「もちろん、ファイザー製薬の正規品やったらと思って聞いただけですけど」

「ラブホテルのゴミからでも錠剤のカラが出てくれたらええんですけどね」
「家で飲んできたらカラはホテルでは見つからんぞ。バイアグラの使い方まで、お前は知らんやろけど」
「主任は使ったことがあるんですか」
「ご想像にお任せするわい」
ふっと、あたしも眼鏡越しに笑った。

「被害者宅に捜査に行くんでしょ?」
「殺人やったらな」
ジェネリックとなると、ますます入手経路は捜査が難航しそうだけれど。



科捜研・・・あこがれたなぁ。

大学四回生のとき、大阪府警のポスターを見て、あたし、「科学捜査官」の願書取りに行ったもん。
でもなれなかった。

妄想でがまんしてます。