あたしが出入りを許されていた高校の科学部は、実験をする班と観察をする班にわかれていたんだ。
そこに、アマチュア無線班がくっついていたのね。
どうも後付でそうなっちゃったんだろうね。

実験をする班は化学と物理学におおまかに分かれて十人くらいが、顧問の先生の指導の下でやってたわ。
観察をする班は生物と地質と天文・気象に分かれてて、これには全部で二十人くらいいたんじゃないかしらね。

あたしが確か高校二年生の二学期だったかな、次のようなテーマで三年生の西村章(あきら)さんと、伊藤典子(のりこ)さんが実験してた。
『シュウ酸ジフェニルと化学発光』
大学受験の勉強で忙しいのに、先輩たちは見事にやってのけたよ。

あたしが、化学を目指そうと決めたのは、見事なこの実験を見せてもらったからだと言ってもいい。
この演示実験はその年の学園祭で大好評だったんですもの。

シュウ酸ジメチルにフェノールを加えて酸触媒下で加熱すれば、エステル交換してシュウ酸ジフェニルが生じるというのが実験の骨子ね。
※今なら、シュウ酸ジメチルの代わりにビス(2,4,6-トリクロロフェニル)シュウ酸を50mg と酢酸ナトリウム100mg、30%過酸化水素水3mlを混ぜれば容易に1,2-ジオキセタンジオン生じるのでここにあらかじめ蛍光染料を入れておく方法もあるみたい。使えるシュウ酸エステルは数種報告されていて、2,4-ジニトロフェノールエステルや、2,4-ジフルオロフェノールエステルがあるようです。

このシュウ酸ジフェニルに過酸化水素水(3~35%)を加えると、直ちに過シュウ酸とフェノールに分解するわ。
※すると、酸素系漂白剤(花王ハイターEX)でもいいのかな?

実はね過シュウ酸はすぐに酸化され1,2-ジオキセタンジオン(二酸化炭素の二量体)という不安定中間体を生じるらしいの。
1,2-ジオキセタンジオンは寿命が短く一瞬で消滅して二酸化炭素になっちゃうの。
だからね、あらかじめね、蛍光染料(例えば9,10-ジフェニルアントラセン)を入れておくのよ。
西村先輩たちは確か最初はテトラセンを使ったわ。
二酸化炭素を発生したときに、同時にこの蛍光染料が励起活性化されるわけね。
励起活性化された蛍光染料が徐々に青白く発光して、エネルギーを失うと消光となるのよ。
けっこう明るくってきれいだったよ。
実験の間ずっと光ってたから、なかなか消えないみたいだった。

先輩たちはね、他に、テトラセンの中二つのベンゼン環にそれぞれフェニル基を置換させた「ルブレン」という蛍光染料を添加しておくと橙色になることも見せてくれたわ。
あたしがその後、調べてみたら、蛍光染料もビス(9,10-フェニルエチン)アントラセンは緑、ローダミンBなら赤になるみたいね。

つり用「ルミカ」や、夜店で売ってる、カラフルなケミカルライト玩具は、まさにこの反応を使ってるんだってね。
酸化液の入った管のなかに蛍光染料液の入ったガラスアンプルが封入されていて、これを使用時に折れば、発光しだすってその説明書に書いてあった。
この発光は数時間続くとも書いてあったわ。

ここまでが先輩たちの実験でね、あと展示パネルには生物発光のポスターセッションがあった。
『今回の実験は、ホタルの光である、酵素反応による化学発光(ルシフェリン-ルシフェラーゼ発光)とよく似ている』
と始まって、
『すなわち、生物の体内では、酸化反応と二酸化炭素の発生による活性化が酵素反応によって行われているのである』
あたしの当時のノートには写しが書いてある。
それほど、興味があったんだね。

わかりやすく言うと、ルシフェリンが酸化されてオキシルシフェリンとなり二酸化炭素を発生する触媒になるってわけ。
似てるでしょ?シュウ酸エステルを使う実験と。

だからね、このときの二酸化炭素発生エネルギーが励起エネルギーなのよ。
発光物質のルシフェリンは生物によってその構造が異なるから、これにより発光波長が違って色も違うの。

続いて、こんなことも書いてあったっけ。
『血液検出反応における「ルミノール反応」も化学発光の一種である』
鑑識さんがやるやつですね。

『普通、ルミノールはアルカリ性溶液で使われ、そこに酸化剤(過酸化水素)が存在すると青白い光を発するが、鉄などの遷移元素の触媒もしくはある種の酵素が存在しなければならない。したがって、血液などにはヘモグロビン鉄が存在し、それに反応してルミノールが発光することになるから、血液の検出に適している。』
あたしは当時、化学の知識がまるでなかったから、こういった説明文も書き写していて、なんのこっちゃわかっていなかったはず。
ただ、ここのところは赤で二重線が引いてあって、
『またその検出限界が非常に鋭敏であることも特筆すべきであり、捜査上有力な証拠となる』
と強調されていた。
よほど、おもしろいと思ったのね。

でもね、あとでわかったことだけど、ルミノールって血液以外にも反応して発光することがあるので注意が必要なのよね。
それに血ってたって、人の血ばかりじゃないでしょう?
イヌやらネコの血でもルミノールは発光するよ。
もっと厄介なことにダイコンやワサビ、キュウリに含まれるペルオキシダーゼという酵素でも発光するらしいのよ。
台所のシンクでルミノールふっかけても、光りまくるんじゃない?
だから、ルミノール反応とは別に、その検体が人間の血液であるという鑑定を要するのが捜査の常識ですわ。

西村先輩は大阪の薬科大に進まれて、日医工っていうジェネリック薬品の会社に勤めておられるはずです。
堤(旧姓:伊藤)典子先輩は大阪市大を出られて高校の化学の先生になられました。

あたしの古いノートが出てきたんで、つい。
じゃ、またね。