むかし、ある小さな島国が、大国にいじめられたので、やむなく戦いを挑んだ。
元はと言えば、急に力をつけたこの小国の奢りが、大国の怒りを買ったのだが…

その小国は、禁じられていた「奇襲」によって大国との戦いの火ぶたを切った。

開戦当初は善戦するも、功を焦る余り、無計画で大局観に欠ける散漫な戦いぶりは、いたずらに兵卒を浪費し、ついに大国に核爆弾を落とされ、幾万という無辜(むこ)の国民を死に至らしめ、壊滅寸前で無条件降伏をさせられた。


勝利した大国は、惨敗した小国を自分の意のままに作り替え、小国もそれに従い、戦争で受けた傷を癒し、平和のうちに勤勉に働いたために、とうとう大国をしのぐほどの財力と知恵を身につけた。
そして世界有数の経済大国にのし上がった。
とはいえ、いくら発展しても、大国はその小国を自身の属国としてしか見ていなかった。
なぜなら、それは大国の強力な軍事力と核の傘で守られた「偽りの平和」のもとで小国が発展したからである。

大国は、その強大さゆえに多くの敵対する国々と覇権を争っていた。

年月は流れ、戦争を知らない世代が増え、小国の国民にも独立心が芽生えたが、大国はそれを許さない。
過去の非礼、卑怯を責め、あくまでも配下の同盟国として、小国の軍事や外交にまで口を出し、大国の意のままに小国をふるまわせた。

世界の国々は、内心では、この小国を独立国と思っておらず、大国の「地域」の一つと見ていた。
だから小国の外交は社交儀礼の域を出ず、重要な話し合いは大国が掌握して決めてしまっていた。

このように、かつて大国に戦いを挑んで負けた国は、永遠に隷属を余儀なくされ、独立独歩は許されないという好例である。
幸い、小国の国土の分割は免れたものの、島嶼の軍事的な大国による永久支配は続き、その兵站(へいたん)の費(つい)えは小国が永遠に出捐(しゅつえん)せねばならない、強固な「たかり」の関係が成立したのである。

小国の国民は、先の戦争の反省を真摯におこない、平和主義と非核化を貫き、世界での発言力を高めたかに見えたが、大国におもねる保守政党の政権によってねじふせられた。
国民の声と、小国政府の主張はどこまでも食い違い、世界各国から失望の目で見られることになった。
「きれいごとを言うが、何もできない小国」
「主義主張のない国」
「真の独立国でない国」
「大国の犬」
「虎の威を借りる狐」
などなど、陰でささやかれたり、面と向かって罵倒されることもしばしばあった。
ことに、かつて、この小国に手ひどく支配された国々からは辛辣な皮肉が飛んだ。
「反省しない国」
「すぐ忘れる国」
「曲解する国」


私は、戦後に、この小国に生まれた者である。
わが小国にも誇れるものはたくさんあるが、それにも増して、信頼を損ねる国民性があることに業を煮やしている。
「右顧左眄(うこさべん)」で「ご都合主義」で「無責任」の国民性だ。
「勤勉」なのは私的な部分に集中し、政治に対する姿勢は決して「勤勉」ではなかった。
官僚主義が蔓延し、それがために誰が首相になっても国が滞りなく運営される、ある意味「素晴らしい国家」を産みだしたが、まったく信頼できない国家になり下がった。

すべて私の勝手な見方だけれど、いかがだろうか?

この小国は極東の島国である。
美しい国土を持つ国である。
純朴で、礼節をわきまえた国民を持つ国である。
質の高い文化を培った国である。

なのに、この体たらくはどうだ?