これも東野圭吾作品です。
『容疑者Xの献身』といういわゆる「ガリレオシリーズ」の三作目だそうです。
直木賞受賞作ということで、映画にもなったらしい。
ガリレオシリーズは天才物理学者「湯川学」が難事件の解決に挑むという趣向の作品群です。
このブログでも以前に映画『真夏の方程式』というガリレオシリーズの作品を紹介しました。

あたしはあまりミステリーとかサスペンスものを読まないのですが、生前の母が好きだったのでこの人の作品も本棚にあるわけですよ。
容疑者x

よくできたお話です。
すぐに引き込まれました。
暴力夫から逃れられない母子を、しがない高校教師に甘んじている天才数学者が献身的に助けるというお話です。
この天才数学者「石神哲哉」が、天才物理学者「湯川学」と大学時代に同期だったという設定です。
石神は独り者で、アパート暮らし。
そのお隣に花岡という母娘(おやこ)が越してきた。
靖子には中学生の美里という一人娘がいた。

お話は、すでにそういう状態で一年以上経ったころから始まります。
石神は毎朝、徒歩で職場の高校に通います。
その途中、川べりを通っていきますが、その橋の下あたりにホームレスが数人、手作りの住まいをこしらえて生活していました。
石神は彼らの特徴をつかんで勝手にあだ名をつけていた。
「技師」というのもその一人で、声をかけたことはないが「技師」はまだホームレスになりきっていない新参者のようだった。
そんな平和な毎日を過ごしていた石神はお昼を、店屋物の弁当で済ませていたのね。
その弁当というのが「べんてん亭」という手作りお弁当屋さんの「おまかせ」ってやつ。
学校の途中にそれはあり、ほかにもコンビニがあるのにもかかわらず、彼はそのお店のお弁当しか買わないの。
そこの店員が、花岡靖子だったから。
口下手な石神は、お隣に越してきた靖子の顔が見たくて「べんてん亭」に日参していたってわけ。

当の靖子はそんなことを知らず、ただお隣というよしみでお弁当を買ってくれているくらいにしか思っていない。
だた、「べんてん亭」の主人夫婦は「あの人、あんたに気があるんじゃないの」と言われて「そうかしら」とは思ったけれど。
なんせ風采の上がらない高校教師でね、髪はそろそろ薄くなりかけて小太りで、人は良さそうだけど、靖子は特別な気持ちも抱かず、客の一人としてしか認識していなかった。
石神はそうじゃなかったみたい…というのはずっと後になってわかることなんだけどね。
だいたい石神は女を好きになるなど人生で一度もなく、数学と結婚したみたいな男だった。
高校ではそれでも柔道部の顧問をおおせつかっており、柔道の腕前はそこそこあったようです。
今もひそかに数学の大問題に挑んでおり、自分がそれを解いてみせると闘志を燃やしていたくらいです。
そんなに数学が好きなら、大学に残って研究にいそしんだらよかったのにと思うのはあたしたちだけで、日本で数学者が生きる道はほとんどなく、大学に残ったとしても好きに数学を研究させてもらえる甘い世界ではなかったようです。
それで、人生に疲れた石神はなんとか高校の数学教師の職にありつき、糊口をしのぐことができているのね。

さてこれでは事件が起こらないわね。

起こるのよ。突然に。
花岡靖子は昔、ホステスをやっていて、客の一人と結婚し、美里を授かっていた。
その客が富樫という男で、金にだらしのない、暴力夫だった。
やっとのことで別れた靖子親子だったけれど、富樫はすぐに靖子らの足取りをたどって、新生活を脅かすのよ。
どうしようもない「たかり屋」で、靖子の骨の髄までしゃぶるつもりね。
とうとう、このアパートも嗅ぎつけ、職場の「べんてん亭」に顔を見せる富樫。

三月の十日の晩に靖子は富樫と口論になり、娘の美里がやぐら炬燵のコードで富樫の首を絞める、富樫が逆上して暴れるので母親も手伝って絞め殺してしまう。
泡を吹いて息の根が止まった富樫の死体の始末をどうしようかと悩む母娘。
そこにチャイムが…
やってきたのは隣の高校教師、石神だった。
靖子は今の騒ぎを聞かれたのかと思い、石神に帰ってもらおうと玄関先で「なんでもありません」と答えるけれど、洞察の鋭い石神はすべてを悟って、「わたしにまかせてください」と入り込む。
「自首するか、隠し通すか」で逡巡する靖子だけれど、娘も共犯だし、このままでは娘の将来も危ぶまれる。
選択は一つ、隠し通すことだった。
天才数学者は明晰な頭脳を働かせ、計画を瞬時に練り花岡親子に彼のシナリオ通りに行動するように指示するのです。

翌朝、河原で男の惨殺遺体が発見され、江戸川署の刑事、草薙が担当となるのね。
ここはシリーズのお約束で、草薙も湯川の旧友で、湯川にいつも難事件の解決を頼んでいるのよ。
遺体の頭部はひどく損傷していて、かつ手指の指紋は焼かれて身元が皆目わからない。
着衣は一斗缶で焼かれて(焼け残りがあった)遺体は裸、近くにパンクした真新しいママチャリが置いてあった。
チャリ(自転車)は盗難車で、すぐに持ち主が判明し、盗まれた地点(篠崎駅前)も分かった。
そしてレンタルルームに帰らぬ客がいて、それがガイシャだということもわかった…
ガイシャは「富樫慎二」で花岡靖子の前夫であることもわかった。
草薙刑事はすぐに花岡親子に接触する。
靖子も美里も石神に言われたとおりに受け答えして、重要参考人ではあるがしっぽをつかまれないようにして、捜査は迷路にはまり込む。

石神のシナリオは「先回り」の緻密さで、刑事は翻弄される。
まさか隣人の石神が関係しているとは思いもしない。
石神はしかし、湯川と同じ大学出身で、湯川がもっとも尊敬をしている同窓生でした。
草薙の話から彼の住処がわかり、湯川が石神を訪ねるわ。
旧交を温め、石神が数学への情熱を持ち続けていることに感銘した。

「リーマン予想」「四色問題」「P≠NP予想」など数学の未解決事案をたくみに盛り込んで、理系の読者の琴線に触れる話題性は引き込まれます
ことに「P≠NP予想」は、このお話の解決の糸口になる数学問題です。
「数学の問題に対し、自分で考えて答えを出すのと、他人から聞いた答えが正しいかどうかを確認するのとでは、どちらが簡単か」というクレイ数学研究所が賞金を懸けて解答を募っているのが「P≠NP予想」なんですよ。
反対に、そういうものに疎い人は「小難しい話やなぁ」と敬遠するかもしれません。


湯川は、石神がこの事件に関係していると直感するんじゃないかな。
「べんてん亭」での石神が靖子を見る目、靖子に近づく工藤という男への嫉妬の目。

あわや迷宮入りかと思う時、石神は「おれがやった」と警察に出頭します。
これも、石神シナリオ通りなのか?
彼の靖子に対する「献身」とはこのことか?

あたしが、驚き、それがために作品を汚しているのは、被害者が富樫だけではなかったことです。
大どんでん返しで、まさかの結末です。
ちょっと許せません。
何の罪科(つみとが)のない人を虫けらのように殺した石神(およびそれを作り出した東野圭吾)を許せないな。
これで賞を取ったらあかんわ。