おれたちは、奇妙な関係を築きつつあった。
仁川智里は、どういうわけか、おれの言うことをよく聞いて、逃げるそぶりは見せなかった。
不思議と言えば不思議だった。
やはり心の底では、おれを怯えているのだろう。
おれの言うことを聞かないと、痛い目に逢うんじゃないかとか、殺されるんじゃないかとか思っているのだろう。
そう思わせておくのが、この場合、好都合なのだった。

おれが大学に行っている間、言いつけ通りに智里は音もたてずに静かにしてくれているようだった。
まるで拾ってきたネコだった。
ベランダから助けを求めようと思えばできるのに、智里はそれをしなかった。
この学マンは、小高い丘の縁に建っていて、ベランダの下は崖で、車道まで法面(のりめん)がコンクリートで覆われているから、そうそう飛び降りてという勇気は湧かないだろう。

ある日曜日、おれは食パンをトースターで焼いて智里と遅い朝食を食べていた。
「あの手紙、出したよ」
おれは、彼女に書かせた両親あての手紙を投かんしたことを告げた。
智里には浦安から投かんしたことは言わないでおこうと思った。
「明日くらい、届くんじゃないか?」
智里は、ジャムのついたパンをかじりながら、聞いているのかいないのか目はうつろだった。

「あの…」
おもむろに、智里が口を開いた。
「なんだい?」
「始まりそうなの」
おれには、何のことを言っているのかわからなかった。
「何が始まるんだい?」
「せ、せいり」
慌てて、おれは手に持っていたパンの耳を取り落としてしまった。
よく考えれば、智里ならあるはずだった。
おれは二次元フェチだからリアルな少女の体の変化をまったく考えていなかったのだ。
「そうか、始まるんだな。で、パンツ汚したのか?」
「ううん、まだ。でもナプキンがほしい…」
「わかった、ネットで買おう。この前、下着を買っただろう?アマゾンの使い方を教えてやったろ?買っていいから」
おれは、パソコンを智里に与えていた。
もうおれから逃げないと誓ってくれたからだ。
この監禁ごっこを、智里はどこか楽しんでいるようだった。

もうずいぶんパジャマや下着、靴下などをネットで買って与えていた。
おれの前で、下着姿でいるのも何とも思っていないようだった。
ただ、おれとしては、心穏やかじゃなかったけれど。

肩まである智里のストレートヘア、黒目勝ちの目、ビーバーのような前歯、サクランボのような唇…
そのパーツ、パーツをながめていると、自然と勃起してしまう。
「まだ、だめだぞ」
と自分に言い聞かせながら、風呂場で処理する毎日だった。

日に日に、なつく智里に、おれは勉強も教えてやっていた。
かわいいだけでなく、智里は頭のいい子だった。
苦手だと言っていた英語は、すぐにコツをつかんで、単語を覚えるようになった。

夜、ふたりっきりで布団に入っていると、どうしても体がくっついてしまう。
ジャージの中で勃起が突き上げている。
あまり大きくないおれのモノでも、とがった山をこしらえてしまう。
それが智里に見つからないように苦労していた。
このごろ髪を撫でるくらいは許してくれるようになった。
もしかしたら、抱いてやっても嫌がらないかもしれなかった。
いつかきっと抱いてやろう。

ほか弁ばかりでも文句を言わずに食べてくれた。
「つまらないか?こんな生活」
「ううん。あたし、学校が嫌いだったから、ちょっとうれしい」
「おれがいないときは、何してるんだい?」
「お兄ちゃんの本や漫画を読んでるか…テレビみてる」
「そういや、智里はケータイとか持ってなかったな」
「買ってもらう約束だったけど、お父さんが許してくれなくって」
「ふうん」
食事をしながらこんな会話をして暮らしていた。

ゴールデンウイークになった。
「何しようっか」
おれが、歯を磨いている智里に尋ねた。
鏡越しに智里が、
「デートしてくれる?」
と言ってくれたではないか。
二人で外出することを誰かに見つかるのが心配だったけれど、行方不明事件の報道も最近はぱったり止んでしまったようで、東京方面じゃなければドライブに連れて出てもかまわないだろうとは思った。
「いいよ」
おれは答えた。
「あたし、お化粧していい?」
「化粧?」
「これ、ネットで買っちゃった」
智里はリップとコンパクトの入ったポーチを出して見せてくれた。
「へぇ…」
おれは正直、うれしかった。
どんどん、おれの思い通りに育っていってくれているような気がした。
女の子ってこんなにかわいいものだとは。

見違えるように大人っぽく化けた智里とともに、おれたちは、そっと家を出て、駐車場に向かった。
近所付き合いもなく、おれのことなど住民は歯牙にもかけないに違いない。
たとい出会っても兄妹ぐらいにしか思わないだろう。
実際、駐車場まで誰にも会わなかった。
もともと人通りの少ない界隈なのだった。