機械油がないと、エンジンが動かない。
切削油がないと、エンジンを作れない。

だから、クジラが利用されたのよ。
マッコウクジラの脳油とか、ナガスクジラの油・・・
第一次産業革命は、クジラなしには語れないわね。
蒸気機関から内燃機関に様変わりしていっても、回転部分の潤滑は避けて通れないから。

日本の食用捕鯨とは、まったく異なる、捕鯨文化が西洋にはあったんだ。
鎖国日本を開国に導いたのも、アメリカの捕鯨船の寄港地として交渉してきたからでしょ。

戦後日本の高度成長を支えたのは、食としての捕鯨だったけれど。
潤滑油はすべて石油由来となり、クジラから搾り取る必要はなくなった。
学校給食という、低廉で中身の濃い食材の選択が迫られる現場では、クジラほどマッチしたものはなかったわね。
伝統食文化としてのクジラが根本にあったことは事実だけれど、もっと日常的な、高くてまずい牛肉の代替としての蛋白源であったわけよ。
※当時の牛肉って、すじばっかりで硬くって、くさくって、食べられたもんじゃなかった。クジラのほうがどれだけおいしかったか。

そして、今日(こんにち)クジラの食材としての要請はほぼ根絶し、環境保全の点景としてクジラのいる風景を見て楽しむ人々がほとんどとなったわ。
人類によって破壊された自然環境を復元しようと、環境問題として地球規模で取り組む時代に、捕鯨は似合わない。
人類と共存するパートナーとしてのクジラに癒される人は多いでしょう。
彼らは、強く、やさしいから。

日本が、今後、「調査捕鯨」の名のもとに、無意味な殺戮を繰り返さないことを望みますね。
「意味がある」というなら、納得のいく説明をすべきですよ。
ただ「食いたい」からじゃあ、世界は納得しないな。
牛やブタを食うのと、クジラを食うのとでは「こう違うんだ」と理路整然と説明しなきゃ。

日本人のいかんところは、マクドやケンタで牛やらかしわを食って十分な環境にいるくせに、まだ「クジラ」を食わせろという、どこの王族じゃ?みたいな贅沢を庶民が言うところなんだよ。
飢えてるならまだしもよ。

つぎはマグロだよ。
ウナギもね。
猫のえさに「マグロ」が入っている、日本のペット事情は憂慮すべきですね。
まさか「クロマグロ」じゃないだろうけど、マグロはマグロだわなぁ。

あたし、最近、男の前では「マグロ」なの。しんどいから。
お腹が、「チュウトロ」でぇ・・・

そういう、なおぼんが、一番、反省しなけりゃならんな。
えらい、すんまへんな。