昼一番に課長に、「あの件」で応接室にくるように言われた。
以前から、ある発明についてリサーチしてくれと頼まれており、まあ、通り一遍の資料は用意してあるけど。
ここからは、パートタイム「なおぼん」の別の顔だよ。

ドアをノックして「失礼します」と入室した。
すぐに、課長から、客に紹介された。
「こちらは、知財担当の横山(あたしの仮名)です」
※知財とは知的財産のことで、うちでは特許などを管理する部署(ってあたしひとりじゃないかよ)

あらかじめもらっている名刺を出して、「よろしく」とぺこりと頭を下げた。
客の名刺には、「妙高化学株式会社 代表取締役 小田作之助(仮名)」とあった。
見れば、七十がらみの老紳士である。

「5kgは確実に痩せますよ」
その紳士は自慢げに言いはなった。
いったい、何の話をしていたんだ?
「はあ」あたしは、要領を得ず、作り笑いを浮かべていたと思う。
そんなあたしにおかまいなく、氏は続けた。
「日本人には、日本食が一番なんですよ。アメリカ人の米の食い方ったら、まったくなっていないんです。米をバターで炒めて、座布団みたいなステーキ食って、そんなの、日本人がまねしたらだめです」
「なるほど」うなづくしかない。

氏は、ますます興に乗って、健康に対する自論を披瀝しだした。
(この人、何しに来たんだっけ?)
「パン食をやめなさい。パンを食べたいなら全粒粉のパン。ご飯は白米より玄米。うどんじゃなくってそばを食うこと。上白糖をつかわずに黒糖を・・・そしたら糖尿はまったく良くなります」」
(医者かよ?いやいや、大手電機メーカーを定年だか肩たたきにあったかで辞めて起業したひとだったよね)
「血糖値なんか、すぐ下がりますよ。ぼくなんか、もう肥えたくっても肥えませんから。はっ、はっ」
(「糖尿なら食うなよ炭水化物」とあたしは腹の中で思った)

「いやあ、すごいですね」
課長は、そういって氏をほめそやす。
「立派だ、よくがんばられますな。お酒は召し上がらないのですか」またまた、余計なことを・・・
「酒はね、蒸留酒にすべきです。あれなら太りません。糖分が無いですから」
(そりゃあ、カロリーはあるけど、身につかないからねアルコールは)

「いやあ、勉強になります」と調子のいい課長である。
「ぼくの主治医は京大の医学部出身でね、ほらよくテレビにも出ている・・・こういったことは彼に教わっているんですよ。」
えんえんと、氏のお説が一時間以上も続くのでありました。
あたしは、特許関連の助言をするだけのために、課長に同席しているのだけど。

実は、これまで似たような人が何人かお見えになったことがある。
決まって、定年前というか、定年後というか、持病を自慢する、どこか窓際族みたいな、はたまた、ゴマ粒みたいな会社を起こして過去の自慢話をする人たちである。
(会社から弾き飛ばされたくせに・・・。あたしも意地が悪いね)

過去の栄光を語らしたら、日が暮れようが、こっちの迷惑などまったくおかまいなしなのだ。

「あの導電性ゴムは、ぼくが開発したんだけど、世に無いものだったので、どこのメーカーも欲しがったんですよ。大学からも問い合わせが来てね。NHKのニュースでも取り上げられたんですよ。ほっほっ」
そういって、お茶を一口すすると、いよいよ自慢話に移行した。
「そうですか。普通、カーボンなんかをゴムに混ぜますよね。そういったものじゃなくって?」と課長。
「いえいえ、カーボンなんかをゴムに入れたら、ゴムの性能が出なくなって、強度が出ない。そこでナノチューブを使ったんですよ」
「ほほう。カーボンナノチューブですか」
「そうです。あれは画期的な物性を示し、ゴムに導電性を持たせてかつ、ゴム弾性を失わせないことができたんです」
「それは、すごい」一同、おどろきの表情で顔を見合わせる。氏は満面の笑みを浮かべていた。
「何に使われているんですか」あたしが尋ねた。
すこし、渋った顔になり。
「カーボンナノチューブが高価なために、商品化はできませんでした」
「はあ」
(やっぱりな。もしバカ売れしてたら、このおっさん、こんなとこで油売ってないし)

で、結局、こっちの発明の話は二十分ぐらいで終わり、
「それは、おもしろいが、売るにはむずかしいでしょう。量産だって、どうしますかね」
とまったく興味が無い感じで幕引きとなった。
自慢話と健康説教で自己満足されて、足取りも軽く帰られましたよ。

「おっと、もうこんな時間じゃない。なんやったんやろ、今日は」
ふつうのパートタイムのなおぼんに戻りました。
あんまり腹立つから、書いたった!