ギャラクティカ企画の事務所の窓が曇り空を切り取っていた。
「暖かくなるんでしょ?今日」
あたしは、インスタントコーヒーをすすりながら、事務椅子に掛けて問わず語りに言った。
助監督の中西君が企画書と添付の絵コンテを繰っている。
「横山さん、今度ね、女性用のポルノを撮りたいんですよ」
聞いてへんのかよ…
「あ、そうなの?」
だいぶ前から、藤堂監督がそうした需要に応えたいと言っては、いた。
ポルノ市場は飽和しており、無料配信が巷に溢れ、もはや撮れば赤字は必至の経営になる。
コピーガードなんかなんの防壁にもなりはしない。
モザイクだってお上(かみ)向けに施してるんであって、未処理で垂れ流すのが普通。
一応、うちも無料配信には協力的で、ココというシーンはカットして「あとは有料でね」と誘導するようなデモをアップしてやるの。
「すべて見せます」式のサイトには負けますけれどもね。

で、女性用はズバリ「内容」なんだと、監督は力説する。
「男は、ファックシーンのみでもイケるけれど、オンナは違う。情緒が必要なんや」
ま、そういうことらしい。

ジョーチョ的なものを、あたしに求められてもなぁ…
中西に言わせれば「文学やないでしょうか」と来る。

旅情、恋情、慕情、深情け…
情緒には、さまざまあるけれど。

「旅情かぁ、京の都の隠れ家で、差しつ差されつ…」
「中西君、そいつぁ、渡辺淳一風だなぁ」
藤堂監督と中西が、アホなことを言い合っていた。

舞台は情緒に必要な条件だと思う。
旅情を誘う舞台や、田舎の風俗を匂わせる舞台など。
昔の日活の作品には結構な力作があった。
映画人の心意気を感じたものだ。

「行きずりの恋」
中西がうめく。
「恋に敗れた女が一人」と、藤堂が歌う。
それではデューク・エイセスの『女ひとり』だ。

やれやれ、これでは、いつになっても始まりゃしない。

「じゃ、そういうことで、横山さん、ホンのほうよろしゅうに」
バタンとドアを閉めて藤堂監督が出て行ってしまった。
「来週の月曜には、企画会議ですんで」
と、中西君も作り笑いをして、あとに続いて出て行った。

「くそ…」
そういうことかい。
あたしは午後からKRP(京都リサーチパーク)に、金属表面処理の「オージェ分析」を依頼しに行かなあかんのに。
※オージェ分析とは「オージェ電子分光分析」のことで、高エネルギーの電子ビームを金属表面に当てて、そのナノメートルサイズの層の様子を探るもの。金属表面の清浄度などがわかる。