祇園祭も今週にクライマックスを迎える京都市内。
あたしは、コミュニティFM局の放送室にいた。
「今日はゲストに工学博士で小説家の横山尚子さんと、ラジオパーソナリティの洋上道三(ようじょうどうぞう)さん、京都のご意見番、花見小路綾子(はなみこうじあやこ)さんをお迎えして、わたくし有元珠子(ありもとたまこ)が番組をお送りいたします」
『金魚鉢』に、大人四人はきつい。
洋上さんは細身で「かさ」が低いが、あたしと花見小路さんは肥えてるんで大変なのだ。
「花見小路さんと横山さんは、何度かこちらにいらしていただいていますが、洋上さんは初めてですね」と有元アナ。
「ええ、こっちの局には初めてですね。大阪のラジオ局で三十年以上、パーソナリティを拝命しておりますんでね」
「こてこての阪神タイガースファンだと、ラジオをお聞きの皆さんのほうがよくご存知かと思います」
「まあ、それで売ってる面もありますんでね」
「しかし能見はあきまへんな。マスクが良くてもあれじゃねぇ」と花見小路。
「はははは・・藤浪がまあがんばってくれてますんで、勝率五割にもどしました」
「巨人にボロ負けでしたがな」
「まあまあ、花見小路さん野球の話はそれくらいにして、いよいよ今年も祇園さんが始まりました。いかがですか?今年の祇園祭は?」
「はい、去年からですか、「後(あと)の祭り」が復活いたしまして、外国のお客さんも増えて、より一層今年は盛り上がりそうです。今から楽しみです」
「そうです、京都は世界一訪れたい観光都市ということで諸外国からも注目されているんですねぇ。横山さんは、近頃、『わいせつ文学の黄昏(たそがれ)』という本をお出しになったとか」
観光都市世界一から、あたしの「本」に急降下やな・・・
「出したくなかったんですけどね、出しちゃいましたよ。あたしにわいせつを語らせたら、一晩では足りないんでね、いっそのこと編集者が本にしてしまえってね」
あたしは、弁解した。
「また後ほど、ご本のことを、放送できる内容に絞ってお伺いいたします」
「はあ」

「大阪には『なにわのモーツァルト』なんていう方いらっしゃいますよね。京都にはそういう方がいませんかね」
と有元さん。
花見小路が、
「いるよ、いるいる。『みやこのブラームス』ってのが。京響でタクト振ってるおっさん」
「知らんなぁ」と洋上氏。
あたしは、興味がまったくないので、
「花登筺(はなとこばこ)さんなんかは、さしずめ『日本のディケンズ』やね」
「そんなん聞き始めですわ」
洋上さんが、驚いた表情であたしを見た。
「あたしも言い始め」
「冗談ですかいな。たまらんな、せんせ」
「せんせはやめて下さいって」

「こないだ、母乳をネットで買って、息子さんに飲ませたお母さんのことがニュースになってました」
どこまで話が飛ぶねん。『なにわのモーツァルト』はもうええんかい?
「お母さんも大変やね、お乳が出えへん言うて、粉ミルクがありまっしゃろ」
「あのお母さんは、そういうの飲ましたら、子供が情緒不安定になるやら言われて、母乳にこだわったはったんや」と花見小路綾子。
彼女も母親なのだ。
「あたしね、ヒトって哺乳類やから、哺乳類のお乳飲ましたらええと思いますよ。確かに乳糖分解酵素がなかったりしてお腹壊したり、母子の免疫機能が育たなかったりしますけどね、汚い誰のかわからん母乳を子供に飲ますほうがどうかしてまっせ。それにもっと情報リテラシーを持たんと」
「そうですねぇ、ぼくの父なんかが赤子のときは、やっぱり祖母がおっぱいが出なくてね、農家からヤギを借りてきて、そのおっぱいを搾って飲ましたとか言うてました。父は身の丈六尺の大男でしたよ」
洋上さんが、なつかしそうに言う。
「そうね、壺井栄の『柿の木のある家』にも同じようなエピソードがあります。あたし読んだことがあるわ」

「横山さんならご存知かしら、男性用のパジャマの上着の方に胸ポケットがありますよね。女性のにはないものが多いんですけど、あれはなぜですか?」
「なぜですかって、有元さん、もうええんですか?母乳の話」
「時間がありませんので、次の話題に」
「あたしの知る限りね、あれは、避妊具を入れておくものですよ。女物にないのはそのせい。近頃は女のほうが積極的で、避妊具を男につけさせるようだけど」
「へええ、そうなんですかぁ。ご存知でした?洋上さん」
「知らんわぁ。避妊具ってあれですやんね。コンちゃん」
「そう、コンちゃん。大村さん」
「あほな」
「なおぼんさんに、これも聞いときたかったんだけど、理系と文系って分けてますけどどう思われます?」
「はあ、そういったステレオタイプに物事を考えると説得力があるように見えて実は、本質を見誤るのよ」
「たとえば?」
「文系だから数式に弱いなんて考えたらあかん。経済学だって数式なしには考えられへんし、人文系の研究だって、論文書くには科学的な視座で書かないと説得力がないのよ。ほら、人文も人文科学、社会科学って言うやない」
「そうですな。物事を筋道立てて書いたり話たりすることは科学者だけの技術やないなぁと、こういう仕事をしてますと思いますねぇ」
洋上さんが、あごに手を当てて受けてくれた。
「有元さんも記者さんからアナウンサーにならはったんでしょ。記者さんの時は科学の目で見て書いたでしょう」
「あんまり、得意じゃなかったんで、ここにいるわけですけど、はい」
あたしは、
「さっきステレオタイプで見ると画一化されて本質を見誤ると言いましたけど、たとえば、あたし将棋を指すんですけど、将棋には『居飛車党』と『振り飛車党』というのがあるんです」
「知ってます。ぼくもするんでね」
「将棋を指したことがある人は、居飛車で戦うのか、振り飛車で戦うのかを選択しなければならないのね。しかし、居飛車党だからって、振り飛車を指さないかというとそうじゃない。相手のあることですからね」
「ほうほう、そうですよね」
「男か女かという分け方も最近では、問題ありですもんね」と花見小路。
「ゲイやレズで結婚を認めろとか法廷で争うようですしね」
かつて、花見小路綾子はレズビアンだというウワサが立ったことがあった。
「ああ、そうなんですよ。あたしはね、婚姻は法人化すべきだと考えてるの」
あたしは持論を展開した。
「法人なら、同性同士であろうが、ヘテロであろうが関係ないでしょ。法人格が夫婦というかパートナーとの関係性を世に示すいい方法だと思うのよ」
「会社みたいですね」
「そう、離婚は解散です。解散権は夫婦のみならず彼らの子供からも請求できるようにします」
「子供は、同性の場合、養子ですかね」
「そうですね。現行民法の範囲ではそうするしかないわ。借り腹でも形式的に整っていれば構わないし」
夫婦の財産は法人の財産であり、相続は法人の権利承継問題で、構成員個別に考えればいい。
「苗字の問題はどうですか?」と有元アナ。
「夫婦別姓もありだし、法人の名前なんで横文字でも、カタカナでもかまやしません。商標のように商権を争うこともなかろうしね」
「伝統の文化はだいなしですね」と洋上さん。
「もう、とっくに崩れてます。ゲイのカップルを認めろって言うてるんですよ」
「そうですねぇ」
花見小路も呆れ顔だった。
「そろそろ、お時間です。今日はどうも皆さんありがとうございました。非常に貴重なご意見をたくさん聞くことができ、ラジオをお聞きの皆さんもご満足いただけたでしょうか。番組へのご意見は当番組ホームページのメールフォームからお願い致します。ではまた来週、お耳にかかりましょう。さようならぁ」