落語の「くやみ」の一節にこんなのがあったはず。
葬式のお悔やみに来た男、又兵衛(またべー)のこと。
この人が、人に会うたびに、自分の女房のノロケをえんえんと話すので、みんな辟易してんの。
で、ある人のお葬式のお悔やみに、彼がくるわけ。

お悔やみもひと通り終わった頃、彼の話がついに女房の話に移っていきます。
聞く方も、「やれやれ、始まったで・・・」という顔で聞いてるの。

「夏なんかね、わてがそうして、仕事から帰りますとね。こう、ちゃあんと行水ができるようにね、用意がしてありまんねん」
大きめの、手振りをつけて説明する又兵衛さん。
「たらいに湯が入ってますから、わたいがパパっと着物脱いで入るとね、ヨメが後ろから、頬をぽっと赤うして『あんさん、あの、背中流しまひょか』ときますわいな」
「そらまあな。だんなの背中を流すんくらい、ヨメはんやったらなぁ」と周りのもんが言います。

「『そうか。すまんなあ。ざっとでええさかい、流してもらおかな』ってわても言いますわ。ほなね、くくっ」
「気持ち悪ぅ」周りの男も怪訝な顔をしてます。
「ヨメが言うにはね、『まあ、自分のヨメはんに背中流さすのに、すまんやなんて、水くさいわぁ』やてぇ。どない?」
「どないて、あほらしゅうて」呆れ顔の、手伝いの女が言います。
「まあ、聞いてえな。かいらしいお手手で絞った手拭いで、わたいの背中をこすってくれまんねや。片っぽの手があいてまっしやろ。このあいてる方の手をね、わたいの脇の下から、くぐらして、乳の辺、こちょこちょ、こちょこちょとくすぐりよりまんね」
「こっちがこそばなるわ。ほんまに」と喪主の男。

「わたいもね『何をすんねんなこれ。こそばいがな』て、言うたった。ほなら、『まあ、そら、わてみたいなオタフクがさわったら、こそぼうおまっしやろ』て、言うやないか。ほてね、『もう、こそばいから。着物が濡れるさかい、やめとき』て止めたら、『まあ、着物が濡れていかんのやったら、わたいも、そこに、一緒に入れてもらおうかしら』と来たわ」
「あぁあ、聞いてられんな」「ほんまに」皆、顔を見合わせてます。又兵衛は構わず、
「『そらまあ、入ったらええやんか』と誘たらね、『ほな入れてもらいまっさ』て、入ってきよりまんね。くくくっ」
「あほらし」

又兵衛は続けます。
「お互い、背中流したり、流されたり。『なんや面倒くさいなぁ。こんなことやめて、一遍に流せるようにしまひょか』て言うやないですか」
「で、どないしたんや?」と喪主。
「ヨメがね、わたいの背中に石けんつけて、背中合せに、たらいに座われと言いまんね。で、わたいがシュッと立つと、ヨメが、シュッと座る。ヨメがシュッと立ったら、今度はわたいがシュッと座る。代わりべんたんにシュッシュッシュッとね」
身振りで、又兵衛が立ったり座ったり、忙しこっちゃ。
「ほんでね、去年の夏、たらいの底、六つも抜きましてん」
「何をしてるこっちゃら」皆は、笑うやら、呆れるやら。

「もうね、うちは、輪換え屋の上得意で、いっつもね『まだお宅のたらいの底脱けてまへんか』と、一番に御用伺いに来てくれまんのや」
「わはは、どんならんな」と一同。

「輪換え屋」とは、たらいや桶の「たが」をはめ直す商売のひとです。「たが」のことを「輪」と言ったのですね。

このお話には出てきませんが、今はないような、いろんな職業の人がいたんです。
「鋳掛屋」は「いかけや」と読み、鍋、ヤカンに穴が開いた時に塞いでくれる商売の人。
「羅宇屋」は「らおや」と読み、煙管(きせる)の修理を生業(なりわい)とする人。
「外郎売」は「ういろううり」で、お薬受け(苦い薬を飲んだ後に口直しのお菓子など)として「ういろう」を売って歩く人
「水菓子屋」は「水菓子」つまり「くだもの」を売る人。

とまあ、こんなとこかしら。
亡き父によく教えてもらったな。