夏もたけなわです。
では涼しげな「青菜」の一席でご機嫌を伺いましょか。

夏を前に、植木というもんは葉っぱを茂らせて、ほっといたら野放
図に伸びて、端正な庭が台無しになります。

とあるご隠居も、家こそ小さいけれども、こざっぱりした庭が自慢
でした。
懇意にしている植木屋に頼んで、今年も庭をきれいにしましたよ。
松の剪定も終いにかかり、ためつすがめつ、木の姿を見ている植木
屋さんに
「ようなったわ。すっきりした。ご苦労はんやな。ま、こち来て一
杯やらんか」
「へい、旦さん。おおきにありがとさんです」
「わても、一人で飲んでもおもろないからな、あんたを相手に一杯
飲もと思て、やないかげ(柳蔭)を支度(したく)したんや」
「ほー。やないかげ言うたら、上等のお酒でんがな。よろしおます
のか?」
※やないかげ(やなぎかげ)はみりんでできた安い酒です。ほんとは。

「なに言うてんねんな。こんなもん、たいしたことあらへん。遠慮
はせんで。ほら、よう冷えてるでぇ」
と、ご隠居が猪口にとくりからお酒を注ぎます。
これを受ける植木屋さん、口から迎えて
「と、と、と、うん、く~っ。うはぁ。なんかこう、胸がすーっと
、涼しなりまんな」
「せやろ。こんな暑い日は冷たい酒が一番のごっそう(ごちそう)
や」
ご隠居はさらに奥から、ひと皿の造りを出してきました。
「鯉のアライってなもん、あんた、食べなはるか?」
植木屋さんは目をまん丸にして
「こらぁ、えらいもんを。鯉なんてもん、大名魚言うて、わたいら
の口に入らしまへん。ええんですか?いただいて」
「そんな、たいそうな。まあ、お上がり」
植木屋さんは、鯉のアライに舌鼓を打って、お酒も入って、ごきげ
んさんです。
ご隠居も、それを見て、満足そうです。
「そや、あんた、青菜を食べてか?」
「ええっ。青菜ちゅうたら、大名菜言うて、とても、とても、わた
いらの口には」
「たいそうな人やな。そんなもんやあらへん。まあ、ちょっと待っ
てや」
ご隠居は手を叩いて、「奧や!」と呼ばわりました。
次の間から、奥様がそそとおでましになります。
「ちょっと、青菜を刻んでな、植木屋さんに出してあげてな」
おじぎをして、奥様は下がり、しばらくして、また出てきなはった。
「鞍馬から牛若丸が出でまして名も九郎判官(くろうほうがん)」
と奥様が歌うように言います。
植木屋さんはキョトンとして聞いています。
すると、ご隠居さんは残念そうに
「ああ、義経」
と一言発し、奥様も引っ込まれました。

訳の分からないのは植木屋さんです。
「あの、いったい奥様はなんと?」
「ははは。まことに恐縮やけど、さいぜんわたいが、青菜を食べてしもて、
もう無いちゅうわけや。そんでも、あんたの前で正直言うのもみっともないよって、家内は、名(菜)も九郎(食ろう)判官と言うたんや。そんでわたいが、よし(義経)と、符牒で言うたまでのこと」
感心した植木屋さん
「はぁ~。うまいこと言わはる。なんか、こう格調が高いでんな。ご隠居さんのお人柄がうかがわれますわ。勉強になりました」
「なんの、恥ずかしいかぎりや。ま、残りのやないかげ飲んでしもてや。あてはないけど」
「へえ、ほなら遠慮なく」

植木屋は上機嫌で帰り道を急ぎます。
「しかし、粋なご隠居や。わいも、あんな風にかかぁに言わしたら、大工のタケもびっくりして見直しよるで。いっつもコケにしよるからなタケは。ひとつ、やったろ」

さっそく、嫁にさいぜんのいきさつを植木屋は話し
「おまえに言えるけ?」
「簡単や、そんなん屁で言うたるわ」
「頼むで、タケを呼んでくるし。酒の用意もな」
「あんた、あたしはここにおったらええのんか?」
一間の植木屋の部屋は、台所もみんな丸見えです。
「そやな、奥から出てこな感じが出えへんな。そや、押入れに、お前、入っとけ」
「ええ~。この暑いのに」
「やかましい、はよ用意しとけや。行ってくるで」

しばらくして、大工のタケを連れて植木屋が家に帰ってきた。
かかぁは押入れで息を殺しているようです。
たぶん、汗だくになって。
「植木屋さん、まあ、そこ、座り」
と植木屋
「あほか、お前が植木屋やろ、わしは大工じゃ」
そんなこと、ぜんぜんお構いなしに
「あんた、やないかげ飲んでか?」
「うわ。お前、そんなええ酒飲んでんの?そらご馳走になるよ」
とくりから欠けた湯のみに注がれたのは白く濁ってます。
「なんや、にごり酒かい。どこがやないかげじゃ。ほんまに」
「ああ、さよか。植木屋はん」
「あのね、植木屋はお前。わしは大工!お前、なんか変なもん食うたんか?おかしいで」
「あんた鯉のアライを食べてか?」
「ほぉ。お前、金がない、ない言うて、かなりええもんを食うてんねんな。よばれるで。なんぼでも」
「どうぞ」
「はぁ?これ、オカラやろ?」
「さよか」
「さよかって、オカラやんなこれ?わい、目ぇおかしいんかな」
ぼそぼそのオカラの炊いたんを食べるタケやん。
「あんた、青菜を食べてか?」
「うん?青菜は好かん」
「そんなこと言わんと。食べる言うてぇな」と泣きそうになる植木屋。気味が悪いので、
「わかった、わかったて。ほならよばれるて」
とタケやんも折れました。
「ありがとう。奥や!奥や!」
と手を叩きながら植木屋が呼びます。
「なんやねんな・・・」あきれるタケやん。
嫁が押入れから汗だくで出てきました。
「うわっ」驚くタケやん
「はい、だんな様」
「青菜をタケに出したって」
「はい」そういってまた押入れに入る嫁はん
「どういうこっちゃ?」タケやんは訳が分かりません。
「うわ、また出てきよったで。なんか言うてるで、聞いたり」
もう、喉がカラカラでしゃがれて嫁はんが言いますには
「鞍馬から牛若丸が出まして・・・、名も九郎判官義経・・・」
みんな言われた植木屋は困って
「ええい、弁慶にしとけ!」
つまり植木屋さん「立ち往生」の一席でしたぁ。

なんのこっちゃ?
最後まで訳の分からんタケやんはオカラをもぐもぐ食べて、どぶろくを飲んでます。

ちゃんちゃん

涼しなりました?