浩二もおっちゃんになったんやな。
自分のこと「おれ」やなんて。
あの子、「ぼく、ぼく」って言うてたのに・・・
だから、あだなは「ぼくちゃん」って叔父などから呼ばれてたっけ。

あたしはあの屈託のない浩二の笑顔を思い出していた。

ブログメッセージのやり取りでは、かったるいので、直後にケータイ番号とのメアドを交換した。
でも、浩ちゃんは、メアドしか送ってよこさなかった。
「電話は困るんかな・・」
少し、不満やった。

あたしからメールすることがほとんどだったけど、近いうちに会おうということまで話は進んでもいた。
ただ、彼は愛知県の安城市に住んでいるそうだ。
そう簡単には会えない距離だった。

彼の記憶があいまいになってしまっているのか、祖母の名前を思い出せないようだった。
「あんなにお祖母ちゃん子やったのに・・・時間は残酷なもんや」

『しゅう叔父さんは、お元気ですか?』
「ん?しゅう叔父さん?誰や」
あたしは、俄かにはわからなかった。でも、亡くなった叔父の「周(めぐる)」のことだと間をおいて気づいた。
「めぐるって読むのに、忘れたんかいな」
『「しゅう」やなくって「めぐる」叔父さんやろ?どうしたん?忘れてしもたんか?叔父さんは、感電事故でもう十四年ほどまえに亡くなったよ』
あたしは、メールで教えてやった。直(じき)に、
『ああ、おれ、どうかしてたわ。このごろ記憶が薄れてんねん』
あたしは、おかしくなって笑ってしまった。

何度かメールを交わすうちに、なんだか話がちぐはぐな気がした。
「浩ちゃんやったら、裏山の地図のことは覚えてるはずやのにな・・・裏は竹やぶやったな、なんて」
「新池と大池の区別もつかへんのかいな・・・泳いだのは大池やで・・」

せっかく再会できるというのに、あたしは、不安な気持ちになった。
お互い、外観も変わってしまっているはずだ。
会ったらがっかりするんじゃないかな。
だいたい、写メでも送ってもらわんと、出合ってもすれ違いになるやんか。

あたしは、だから顔の写メを送ってやった。
ほどなくして、彼からも送られてきた。
『変わってないね、なおぼん』やて、お世辞が上手やな。

けど、浩ちゃんの姿は記憶のものとはずいぶん違った印象だった。
一つしか違わへんのに、どう見ても四十そこそこの若さに見える。
男の人って年取らん人もいるからな。
しかし、目元も違うなぁ。
あの子、二重やったはずやのに・・・
こんな顔やったっけ。
あたしの記憶も曖昧だから仕方がない。


あたしは、だんなを施設に送り出すと、朝から、琴平会の事務所に顔を出した。
めずらしく、会長の蒲生がそこに居た。
「なおぼん、南区のアパマンで老人ホームやるのはうまいこといきそうけ?」
あの話は、まだ進んでいなかった。
あたしから持ちかけておきながら、なにもやっていない。

「ちょっと、まだですねん。人集めがなかなか」
「なんや、しみったれたこっちゃな。で、今日は何用や?」

「別に、これっちゅうもんはないんですけど、あたしの思い人と連絡がつきましてん」
「だれや?ダンナ以外におるんか?おまえ」
「初恋の人ですわ」
「甘ったるいことぬかしよる。もしかして、こないだ言うてたイトコかハトコの男とちゃうやろな」
「そう、それです」
「どうやって、見つけてきたんや」
「向こうから・・・」
「へ?行方不明同士で、どうやってお近づきになるんじゃ」
蒲生は不審な顔をした。
あたしも、そのとき、はっと気づいたことがあった。

なりすまし・・・

あたしのブログをつぶさに読んだその男は、高安浩二になりすますことを思いついたんや。
「だから、話がどっかちぐはぐなんやわ・・・」
「どうした、なおぼん」
「会長、あたし、騙されてんのかもしれません」
「なんやて?イトコにか?」
「イトコやないです。たぶん、なりすましです」
「ええっ」
驚いたのは蒲生のほうだったようだ。
しかし、その動機はなんやろ。
あたしに恨みがある男・・・

「会長、これ見てください」
あたしは、ケータイに取り込んだ、高安浩二を名乗る男の写真を見せた。
「うん?こいつ、どっかで見たことあんな・・」
「そうなんですか?」
あたしは、ますます、不安になった。

あたしがターゲットになっているのは疑い得ない。
「こいつ・・・イ・ジョンキル・・生きとったんか。間違いない、土台人のジョンキルや」

あたしに、あの、いまいましい記憶がよみがえった。
親友の金明恵(キム・ミョンヘ)があたしを、このジョンキルと結託して北朝鮮に拉致しようと企てた一件を。

会うのか?
会ってどうしようというのか・・・

蒲生は「会え」という。
そして、相手の意図を探れと。
「でも、あたし、消されるかも」
「そんときは、殺せ。チャカ、持っていけ」
「会長・・・」

こうなれば、あたしの居所(きょしょ)をジョンキルに知られないようにしなければならない。
ブログでは宇治市周辺だということまで明らかにしてしまっている。
蒲生の話では、ジョンキルは宇治に自宅のあった明恵からあたしのことをかなり詳しく調べていたという。
元をただせば、蒲生もジョンキルも「同じ穴の狢(むじな)」だったのだから。

彼らが警察に御用になり、あたしは無事だったが、その後、結婚して宇治に住んでいることまではブログを見ればわかるのだった。
いまさらながら、ばかなブログを発信したものだと後悔が襲ってきた。
もとより、蒲生はあたしのブログのことなど知りはしない。

「追い詰められるのも、時間の問題や」
あたしは、身が引き締まる思いだった。

家路につくあたしのバッグの中にはシグ(SIG)とパラベラム弾のケースがあった。
自衛隊にも採用されてた、シングルカラム(弾倉)ダブルアクションで非常に撃ちやすい自動拳銃である。
この拳銃はあたしがミネベアの技術者から指導を受けて組み立てたものだった。

「やられる前に、やる・・・」

あたしがこれまで生き延びてきたのは、ひとえに、この蒲生の教えに則ってきたからにほかならない。

祇園祭山鉾巡行の十七日、JR京都駅で高安浩二をなのるイ・ジョンキルと会うことになった。