『エロ事師たち』を読んで  三年二組 横山尚子

私が今回、夏休みの読書感想文の課題に選んだのは野坂昭如(のさかあきゆき)氏の『エロ事師たち』です。
子供向けの本はあらかた読んでしまった私にとって、中学最後の夏休みには、もっと違った視点で読書に取り組みたいと思い、父の書棚からこの本を選びました。
まず題名が不可解です。
「エロ」とは「えぐち」ではなく、エロティックの略だと思いますが、辞書などを引きますと「性的な」というような意味が説明されています。
つまり「性的な」「事を」「する師たち」という意味ではないかと、読む前に私は憶測することができました。

読んで最初に思ったことは「大阪弁」での文体の滑らかさです。
文学で「大阪弁」を使ったものは数々あれど、野坂氏の文はベルベットのように滑らかです。
それは言い過ぎかもしれないけれど、私がそういう中で生まれ育ってきたからかもしれないが、とても自然に感じられたのです。
たとえば…
バレーボール部の女子生徒がランニングしているところを「スブやん」と「伴的(ばんてき)」の会話。
「すごいやんけ、あの脚みてみい、むちむちしてるで」
「ええ体やなあ、なんやもう張り切ってまうねえ」
とかなんとか。

「スブやん」の連れ合いの春子とその連れ子の恵子の会話でも、
「上級生で、正月に処女失いはった人ようけおるらしいわ」
「どないしてわかるねん、そんなこと」
「そら体操の時わかるねんて、体の線がやっぱしちごうてくるいうわ」
(中略)
「同性愛も珍しいことないようちの学校」恵子はかまわずしゃべりつづけた。
「男女共学やったら、なおさら皆好奇心旺盛になるらしいわ」
「同性愛てどないすんねん」
「わあエッチ。よう知らんけど、同性愛の人は人差指と中指の爪をいつも短こう切ってはるねんてエ」

私は、この本によって初めて知ることが多く、むさぼるように読みふけった。
だから、感想というものをうまく表現できない。
それほど、自分が没頭した読書だった。

野坂氏のこの作品は太平洋戦争の現実を色濃く反映している。
「スブやん」にしろ、「春子」にしろ戦争を体験してきているらしい。
戦後のどさくさを迎え、「エロ事師たち」はその中から這い上がるたくましい人々なのだ。
トルコ風呂(特殊浴場)や性感マッサージ、ブルーフィルムなどの性を売り物にする商売で生きていく彼らに、中学生の私には、嫌悪感を抱くよりも、けなげで、おかしくて、好もしい大人像として映った。

女子中学生が読むには、いささか、というよりかなり「ふさわしくない」読み物だと言うことは、私自身、重々承知している。
が、しかし、ここには真実があると思う。
人間の生きていく中で、陳腐な「性教育」よりも、おおらかで、あけっぴろげな性がある。
それは「生きる」ということそのものだと、私は感じた。

「カキヤ」君と「スブやん」らが麻雀をしているとき、スブやんが
「オナニーいうたら思い出すな、わいが小学一年入った時やった、校庭のアオギリの木イに登っててん。そしたらベル鳴りよって、早う教室へいかんならなんと思ううち、なんや股のへんがええ気持になってな、そのままじっとしとったわ。それから癖になって、ベルが鳴るとあわてて樹や鉄棒にしがみついたもんや、女の先生がへんな眼エでみとったけど、あれ気イついとったかも知れへんな」
このように麻雀を打ちながら、彼らの初オナニーの談義が進みます。
私は男の子の自慰行為をここまで詳しく描写した作品を知りませんでした。

オナニーという言葉も辞書で調べました。
そして、私もそういうことを密かするようになったのです。

「スブやん」が春子の連れ子の恵子と関係を持つシーンで「排卵期」でないから「安全」だという描写にも度肝を抜かれました。
結局、スブやんがインポテンツで未遂に終わるのですけれど。
セックスのことをほとんど知らない私でしたが、男性のペニスを女性の膣に差し込んで射精することで妊娠するのだという知識はありました。
「サック」がコンドームのことであることもここで知ることになりますが…
しかしながら、必ずそうなるのではなく、「排卵期」に行わないと子供は授からないのです。
基本的なことが、私の浅はかな知識では欠落していたのです。

そういう意味で、この本は私の性の知識を豊富にさせてくれた一冊と言えます。

みなさんも、ためらわずに『エロ事師たち』を読まれたらいかがでしょうか?
私は座右の書にしたいとまで思っている次第です。

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こういう夏休みの宿題を提出し、学校で問題となり、親とともにわたしは先生に呼び出されたのは言うまでもありません。
まったくふざけていると、先生は私を厳しく断罪したのです。
わたしは、反論しました。
「いったい、この感想文の何がいけないのですか?」
「全部だ」
「それではわかりません。わたしはまじめに本を読んで感想を書いたのです。何か間違っているのですか?」
「本の選び方がすでに間違っている」
「読んではならない本だと言うのですか?」
「少なくとも、君たち中学生が読むものではない。したがってそういう破廉恥極まりない本を読んで感想文を書くと言うのは、ふざけているか悪意があるかのどっちかだ」
「野坂さんはちゃんとした小説家です」
「三文小説家だ。教育的にはなんの価値もない」
「それはあんまりです」
「やかましい。とにかく書き直せ」
以下略…

私は意気消沈して母と家路についた。
母は、
「なんで、あんな本の感想文なんか書いたのよ。お母さん、恥ずかしくって、顔から火が出たわ」
「お母さんもわかってくれへんのね」
「ああいう本を読むなとは言わへん。けどね、学校に隠れて読むものよ。あんたやったらそれくらわかるやろ?」
「うん」

秋の空を象徴するイワシ雲が、天の高さを感じさせた。
親子の影が長く伸びていた。