秋になると私は、童謡『真っ赤な秋』を思い出すのです。
小学校で習った歌の中で、最も印象深いこの歌を、クラスで合唱をしたからです。
それこそ一生懸命にみんなでやりました。
担任の中村操(みさお)先生が熱心な方で、生徒の私たちもそれに応えなければとけなげにも「懸命だったなぁ」と、大人になった私は思うのです。

最近、この歌を調べたときに、作詞が薩摩忠、作曲が小林秀雄であると知りました。
「小林秀雄?評論家の?」
私は一瞬、そう思ったのですが、同姓同名の例もあるのでもう少し調べてみました。

評論家の小林秀雄は『モォツアルト』や『考へるヒント』などの著作で有名で、たいていの人は知っていると思います。
彼が、音楽にも造詣が深いらしいことは著作からもうかがえますから、「もしや作曲も?」と思うのも自然かもしれない。
ところが違った。
やはり同姓同名で音楽家に小林秀雄という人がいたのです。
童謡『真っ赤な秋』は音楽家の小林秀雄の作曲でした。
なんでも疑ってみるものですね。
音楽家の小林秀雄は東京藝術大学の出身で、去年の夏に誤嚥性肺炎でお亡くなりになっています。
評論家の小林秀雄は東京大学仏文科の出身で、もっと前に亡くなっています。

で、今日、取り上げたいのは評論家の小林秀雄のほうなんですよ。
私も、小林秀雄の本は図書館で借りて読んだことはありましたが、文章が難解で、我田引水というか、一方的な論調で好きにはなれなかった思い出があります。

小林秀雄が関係した人物は多く、彼の影響を受けたひとも少なくなかった。
川端康成と小林は雑誌『文學會』を創刊のメンバーだったし、彼の本は岩波文庫から出版されたことから、吉野源三郎とも親交があったと思われます。
それに、志賀直哉、武者小路実篤などの「白樺派」作家との親交もあったようです。

太平洋戦争が始まる頃、小林は戦争協力的な文章を発表するようになり、当時の政府に利用されるような物書きだったようです。
かれはイデオロギーを否定していました。
かれには思想的なものより、情緒的なものに惹かれる…そういったところがあった。
それはマルクスを研究していて突き当たったのかもしれない。
どうも評論が実を結ばず、あらぬ方向に結論が乖離していき、破綻するのが「小林調」なのでした。
彼もまたヨーロッパの哲人や、詩人にも傾倒します。
東京大学でフランス文学を専攻したことからも、フランス文学の知識が豊富だった。
ことにランボォには実際に会っていますね。
日本にランボォを紹介したのは小林ではないでしょうか?
今でも小林秀雄を評価する向きはあります。
もはや「小林秀雄教」とでも言うべき、シンパが存在します。

彼は右派か?それとも左派か?
イデオロギーに懐疑的な彼をそのように分類することは無意味かもしれない。
さっぱりわからないというのが私の感想です。
戦前から戦中にかけ軍国主義に加担したことは認めていて、戦後、そのことにつき反省もしていない。
どうやら時代のせいにしている無責任な論調だったと言われていました。
なまじ頭がいいから、右顧左眄する輩を良しとしなかったとも取れます。
いや、頭のいい奴ほど、うまく時代に合わせて泳ぎ切るものなのに、それをしない自分がどうかしているともわかっていたでしょう。
小林は純粋だったのかもしれない。

だからか、敗戦を経て当時の知識人のほとんど、たとえば吉本隆明などが左傾化しているのを唾棄するような目で見ていたようです。

小林を語るとき「科学におけるロマン主義」を避けて通ることができないように思います。
小林は当時急速に発展する科学技術にも懐疑的でした。
鈴木大拙とも親交のあった彼は、仏教的な大自然との対峙の仕方こそ科学の本来だと言って憚らなかった。
「大自然に口を割らせて、真理を引き出す」ような近代科学者の方法論に批判的だったのです。
自然を客観的に、観察して、想像力を駆使し真理を追究するならまだしも、なにやら怪しげな技術で巨大な怪物を作り上げる科学に恐怖を覚えていたのでしょう。
そしてそれは戦争でますます巨大に変貌して、殺戮兵器となって人類の前に立ちはだかるのです。
理性的にみて、このような「進歩」は「調和」を乱しています(エキスポ70のテーマより)。
そのことを小林は、評論の世界から警鐘を鳴らしたのでした。
『考へるヒント』はそういう意味で、読むべきところがあると思います。

わたしは小林秀雄の評論を好きではないが、かれの考え方には傾聴に値するものがあると感じています。
嫌いだから近づけないという頑(かたく)なな立場を、私は取りたくない。
ただ、小林秀雄はどうやら、嫌いなものは自分に近づけないタイプのようでしたが。

小林秀雄の現在の評価は高くないように感じます。
学校でも推薦書の中からは消えています(私が学生の頃は入っていました)。
べつにこの人の著作を読まなくても、なにもマイナスにはならないと思います。
なぜなら、たとえばモーツァルトの演奏家の第一人者や研究家が彼の『モォツアルト』を引くことは稀ですし、何の参考にもならないとまで言っています。
小林が晩年に至り、ゴッホの書簡をつぶさに当たった著書でも、貴重な引用が豊富な割にはさほど評価されていないようです。
『考へるヒント』に至っては読まない方がましな書物です(言いすぎかな)。
科学技術の「ブラックボックス」に対する偏見というか、わからないものへの彼の畏怖でしかない。
自ら、わかろうとする態度が見られない。
わからないものに「近づくな」とまで言う。
「科学は私を騙す」と。
それでは科学を全否定することになりませんかね。
自身のテーマである「考えるヒント」とはうらはらに、後ろ向きな論説になってしまっているように思えるのです。
そういうふうに彼の著作を見てみると、どうも評論が表面的な、興味本位のうすっぺらなものに見える。
深入りしないのは、わからない事への向き合い方が乏しいからではないのか?
知らないこと、わからないことに知的好奇心を持ち、イノベーションにつなげ、人類の幸せに寄与するのが科学技術だったけれど、彼に言わせれば、それを妄信して誤った道を行くことにならないように「よくよく考えよ、進みすぎるな」と警告するのです。
わかりますよ。言いたいことは。
科学者だって、そんなこと百も承知だ。
彼の危惧するように、倫理に反する科学者は後を絶たない。
遺伝子操作、原子力開発などなど
でも「イカロスの翼」を科学者は惜しんではならない。
たとえ、愚行で墜死しても、前に進もう。
私はそう思います。
※私見ですので、あまり参考になさらないでください。