テニスの大坂なおみ選手が凱旋してきた。
いろんなことのあった全米オープンの決勝戦だったけど、彼女は集中を切らさずよく耐えた。
文字通り「我慢のテニス」だったと思う。


それが「日本人らしい」などとほめそやしているが、手柄を何でも取っていく日本のマスコミはあさましいかぎりだ。
「我慢」を知っているのは日本人だけだと言いたげな論調で、どこの世界のアスリートでも、言葉は違えど「我慢」を実践していることなのにね。

誰でも知っている通り彼女はアメリカ国籍を有していて、22歳の誕生日までは日本国籍を有する権利を選択期限の日まで有しているに過ぎない。
彼女の母親が日本人だからだ。
日本語がカタコトなのは、彼女がアメリカを本拠地としているからで、おそらくこのままだとアメリカ人になってしまうのだろう。
それは彼女の自由だ。

昨日だったか電車の中で男子高校生が二人、こんな会話をしていた。
「大坂なおみって、どうみても黒人やんな」
「ああ。オトンが黒人なんやって」
「日本語もでけてへん(できてない)し」
「でも、おもろいやん。かわいいとこあるやん」
「ほうかぁ」
「優勝したんやで。日本人で初めて」
「日本人ちゃうやん」
「そんなこと言うたら、ダルビッシュとかケンブリッジ飛鳥とかどうなんね」
「おれは桐生にがんばってほしいな」
「今は、そんな時代やないねん」
「まぁな」
・・・

彼らの会話が日本人一般の代弁をしていると思う。

昨年だったかノーベル文学賞に、日系でイギリスに帰化していたカズオ・イシグロ氏が輝いた。
彼はもはや英語しか話さないし、英国人になっている。
作品には日本で育ったころのことが反映されているようだが、日本人ではない。
それなのに、日本のマスコミは、日本人が受賞したかのように祝福した。
「名誉国民に」という声まで聞こえた。
日本には「大帰化」という制度があり、一度も運用されたことがないが、世界で功績のあった外国人に日本への帰化を一方的に認めて称えるという法律があるらしい。
まったく「名誉」でしかない国籍取得だけれど。

このように外国人の功績を横取りするような変な国民性はよしたほうがいい。
功績は個人のものであり、国籍は関係ないだろう?
持たざる小市民が、唯一誇れるのが日本国籍である日本人は、どうしても日本に少しでも関係する人が立派な行いをすると、自分らの誇りにするし、その反対なら「あんなのは日本人の面汚し」だと罵倒する。
日本人にとっては日本国籍は既得権であり、なんら誇れるものではない。
私だって、政府の恩恵を受けているのはこのしょうもない国籍のおかげだということは知っている。
それよりも多重国籍を日本も認めたらどうだ?
蓮舫事件ではないけれど、政治家なら日本国籍があってしかるべきという保守的な態度もわからなくはないが、あまりに頑なだと、大坂なおみ選手のような活躍を称えるときにあさましく映るだろう?

国籍云々は、あまり言わない方がいい。
私はだから理系に進んだ。
科学の世界では国籍は、あまり重視されない。
それどころかいち早くグローバルな舞台で成果を競い合う場所だった。
私の外国人研究者の知己も多いことはないが、十数人はいる。
その国籍はさまざまで、二重も三重も国籍のある博士もいる。
国籍しか誇れるものがない人には、あまり面白い話ではないかもしれない。
あえて、私は言いたい。
「国籍以外に誇れるものを持とうよ」と。
愛国心は、排他主義になるだけで、なにもいいことはない。
持つなとは言わないが、愛国心はだれにでもあるものだから、ことさら外国人の前で披歴するなということだ。
自分の家の自慢ばかりを聞かされるのは誰しも嫌だろう?
それと同じだ。
自画自賛は美徳ではない。