「自分の好きな物に囲まれて生活する」というようなフレーズに出会うことが、最近よくあります。
誰が言ったのか(書いたのか)知らないけれど、私にはとてもしっくりくる言葉なんだな。

私は、よく散らかす人間です。
片付けが下手だ。
よくこれで化学実験をやってきたもんだと、振りかえって苦笑しています。
実験台は、立錐の余地のないほど、試験管立てやら、ノート、文献で埋め尽くされていた。
やってはいけないのだが、電子天秤の皿の上に物を乗っけてしまっていたこともあった。
でもそれは、だんだんに改善されていくようになった。
部下ができたからだと思う。
人に「片付けろ」と言うには、率先垂範せねばならないからだ。
そして、今、私はほぼ一人である。
ゆえに、ふたたび、人目をはばからず「散らかし」まくっている。

散らかり方を分析すると、先に書いた「好きな物」で埋め尽くされていることに気づいた。
「好きな本」、ヘンミ計算尺、そろばん、アナログ回路のSONYラジオ、YCM方位磁石、佐藤計器の乾球湿球温度計、アネロイド気圧計、佐藤計器の砂時計、セイコー自動巻き腕時計、Nikonルーペ、Nikonの8倍×30㎜双眼鏡、モンブランの万年筆、GHDの縦振り電鍵、将棋盤と駒、任天堂の碁盤と碁石、オカリナ、ケーナ、クラシックギター、アップライトピアノ、トンボ鉛筆、みつびし鉛筆の電気鉛筆削り、サイコロ、任天堂の花札、地図帳、トヨトミ石油ストーブ、アラジン赤外線ヒーター、シンワ150㎜スケール、ミツトヨノギス、ラジオメーター、水飲み鳥、端渓硯、李朝青磁(?)水差し、南部鉄の文鎮、お天気カエルくん(晴雨計)、白井精工の上皿天秤と分銅、ケルト模様のあるオンザロックグラス(ある人からのイギリス土産)、ステッドラーの色鉛筆、MONO消しゴム、moltenホイッスル…
これに、日用のデジタル機器(スマホやパソコン、スキャナ、Wi-Fiなど)があるけれど、これは「好きな物」ではない。
ここが大事なのだ。
デジタル機器とは、いずれ、私は「おさらば」するだろう。
デジタル機器に振り回される生活を、したくないからだ。
アマチュア無線も、もはや、私には魅力のない世界だった。
車も、マニュアル車ならいざ知らず、この先、乗せてもらうことはあっても、自ら駆ることはないだろう。
機械ものに、魅力を感じなくなった昭和人間である。

こうしてみてみると、散らかってはいるが、整然と並んでいるのである。
私なりに場所が決まっているようだ。
無意識のうちに。
おそらく他人が見たら「どこがやねん?」と突っ込みを入れたくなるだろう。