もうすぐクリスマスだというのに、まだ今年は寒波が来ない。
昨晩など、夕立ちのような雨に降られて、私は彼の車の中で困っていた。
「なおこは、『心の旅』って知ってる?」
叩きつける雨でフロントガラスに滝ができている。
「チューリップの?」
「そだよ」
「いい曲だよね。あたし好きだよ」
「あ~だからこんやだけは、きみをだいていたい~」
彼は歌い出した。
「あたしのこともそう思ってる?」
「もちろんさ。でも別れなければならない」
「やらずの雨ね」
「いいこと言うね」
私たちは不倫関係にあった。
お互いに家庭があった。
ただ、いささか特殊な例だったけれど。
お互い、パートナーが病気や障害でパートナーたりえなくなってしまっていたのだ。
だから、不足分を補いあう二人の逢瀬。
「あたしたち、もっと早く出会っていたらね」
「ああ」
「『心の旅』ってどういう意味なのかしら?」
「遠く離れると愛は終わると彼女が言うんだよ」
「それで?」
「それだけさ。離れ離れになれば、もうおしまい」
「彼が旅立って、もう会えないくらい遠くに行くことで、愛が終わる…それから心の旅が始まるんだと歌ってたわね。たしか」
「彼女は思い出の中でしか生きられないんだよ。心の旅は思い出の旅さ」
「また別の男性と暮らし始めるかもね」
「そうすると、もう彼にとっての彼女は死んだも同然なのさ」
「そんなものかしら」
「そんなもんだよ。みんな」
「あたしたちも?」
「ばらばらになればね」
雨が小やみになった。
「あたしそろそろ行くわ」
「今のうちだな」
「きょうはサンキュ」
「ぼくこそ」
私は勢いよくドアを開け、竹田駅の改札に上がる階段に走った。