拙著『翳(かげ)』で主人公の後藤(横山)尚子は死んでしまいましたが、その際の彼女の財産の相続人について考察してみましょう。
まず、この案件で、尚子と浩二が同時死亡しておらず、浩二が生きているとして話を進めます。

尚子の夫、祥雄が配偶者として彼女の財産をすべて相続すると考えていいでしょう。

しかしここに一つの疑問が残ります。
新たに尚子には、従弟だと信じていた浩二という「半血兄弟」が現れたからです。

尚子の実父、横山高雄が妻倫子と婚姻状態のまま北朝鮮籍の女性との間に浩二をつくるわけです。
北朝鮮籍の女性は北鮮帰還事業で浩二を日本に残したまま帰国してしまい、浩二は高雄の兄夫婦の特別養子として育てられました。
よって戸籍上は尚子の従弟です。

ここで、浩二は高雄の相続権を失っているのかが論点になります。
養子縁組は浩二が高雄に認知されていることが条件で行われたと解釈すべきです。
特別養子縁組(民817の2)をするためには、養子となる父母(高雄と朝鮮籍の女)の同意が必要で、それはすなわち高雄が認知しているということです(民817の6)。
もちろん高雄の認知がなくとも高雄の兄夫婦が養子縁組することは、子の福祉を鑑みて、戸籍実務上可能ですが手続きが面倒になります。
普通養子縁組(民797)だったとすると、浩二は高雄の相続権を有したまま、高雄の兄夫婦に養子に出されたことになります。
しかしこの養子縁組は嬰児である浩二を特別養子縁組したものであり、もはや高雄との親子関係は消滅していますから高雄から相続することはありませんし、尚子と浩二は姉弟ではなく、これまで通り従姉弟の関係であり続けます。

高雄はすでに亡くなっていて、尚子とその母倫子が半分ずつ相続したことになっていました。

倫子もその後なくなり、高雄の財産はすべて尚子が引き継いでいてそのままなら、尚子が死ねば夫の祥雄に財産は行きます。

もし浩二が普通養子縁組であれば、半血兄弟の存在が明らかになった以上、高雄から浩二への相続権は失われておらず、高雄死亡時に遡及して(さかのぼって)請求権が生じます。
母倫子が高雄の財産の二分の一を取り、その残りの二分の一を尚子と浩二で半分ずつ、つまり四分の一に分けるのです。
この場合、尚子が亡くなっている以上、普通養子の浩二は尚子の弟としての財産の相続権も失っていません。
しかし、尚子の兄弟姉妹には「遺留分(民1028)」がないために遺留分減殺請求権がありませんので、あらかじめ、尚子が遺言書で浩二の相続分を排除しても構わないのです。
そうであれば、尚子が神原弁護士に浩二の相続を排除する遺言書を作成し、保管してもらっておかねば、祥雄(その成年後見人)と浩二が争うことになりますが…

さて、お話では尚子と浩二は「同時死亡」の疑いがあります(民32の2)。
厳密には浩二が先に尚子に射殺されているので同時死亡ではありませんが、この特殊な状況で一日以内に二人が死亡したわけで「異時」死亡の証拠が得られにくい。
そうなると、普通養子の場合、浩二の高雄からの相続分は消えずその請求権は、高雄の兄夫婦にあります。
浩二と尚子が同時死亡の推定を受けるなら尚子と浩二の間には相続と言う問題はないことになります。
キム・ミョンヘと浩二は事実婚状態にあった模様ですが、婚姻の証拠がなくミョンヘには浩二からの相続権はないものと解釈されます。
尚子も浩二も、国交のない北朝鮮で亡くなっており、日本ではその死亡が確認できず失踪宣告を待たねばな相続権が発生しません。
さらに、浩二を尚子が殺害という犯罪行為で浩二の高雄からの相続権を不当に奪った点についてはどうでしょうか?(民891①)
不法行為で人の権利を奪ったことになりますね。
すると、高雄の相続人として尚子は除外される可能性があり、そうなれば倫子と浩二が高雄の財産を二分することになり、倫子が亡くなっている以上、高雄の全財産は浩二、つまり浩二の相続人である高雄の兄夫婦に行きます。
可哀そうに祥雄は、尚子の財産のうち高雄から受け継いだものを除いて相続することになります。
浩二が特別養子であれば相続人排除の殺人とは解釈されず、高雄から尚子への相続権は奪われません。


と、自作についていろいろ考えてみました。
もし、法律の専門家がご覧になっていたら、間違いをご指摘ください。