この映画はドイツの作品ですが、舞台はアイスランドなんですね。
名前からして、じめじめした陰湿な映画なんですよ。
言葉もアイスランド語なのかな、当然字幕です。

私は、このお話に引き込まれ、時間を忘れるようなスリリングな体験をしました。
伏線の作り方が上手く、派手なアクションはないのですが、地味な捜査の成果を結末に収束させる技術は大したものだと思いました。

お話の半分くらいは、映画のペースでどんどん進んでいき、観る方はあまりの複雑な人間関係、似たような顔立ちで混乱気味です。
また時系列が前後している場面があるので面食らうかもしれません。
それでも随所に説明的会話があって観客を置いてきぼりにしない。
日本人にとって北欧の、それもアイスランドという辺境の国でのレイプ事件の捜査が話の中心ですから、決して多くはない登場人物の特徴の無さに「この人だれだっけ?」となるから集中力がそがれるきらいはあると思います。
とはいえ、話が進んでいくうちに、彼ら、彼女らの特徴が私にも刷り込まれていきます。
あまり中座(ちゅうざ)せず、一気に観てください。

舞台は先ほども書きましたように、アイスランドの海辺の町です。
もう殺風景としかいいようがない。何もないところ。
題名の通り「湿地」が多い地方なんですね。

ある四歳ぐらいの女の子が病床にあります。
若い夫婦に看病されながら、彼女は息を引き取るの。
病名は珍しい脳腫瘍で、遺伝的なものらしいことが話されます。
そして荘厳に、真っ白な棺に彼女は納められ、墓地に埋められたのでした。

場面が変わり、ある住宅街で一人の男が室内で撲殺されていた。
それを遊んでいた近所の子供が発見します。

他殺体の彼は中年のさえない男で、部屋の中は薄汚く、そして異様な臭気に包まれていました。
彼が死の直前まで使っていたパソコンにはポルノ画像の履歴があり、床はべこべこと浮き上がり、とにかく最低の生活を営んでいたようです。
犯人は、おそらく被害者宅の玄関のガラスを割って外からドアのカギを開けて入ったらしく、その残ったガラス片に容疑者の血糊が付着していました。
ガラスで手を切ったのでしょう。

凶器はそばに落ちていた灰皿と思われますが、日本の刑事ドラマならそういった遺留物の指紋採取とか血痕採取などに注目するはずなんだけど、そういう細かいところはすっ飛ばしている感があります。
現場の維持が雑だなぁと感じました。
もちろんちゃんと捜査をやっているんだと思いますが、このドラマで現場の証拠が重要視されることがないようでした。
実は、この物語にはもっと大きな「遺伝病」というテーマがあるんです。

この薄汚い男を殺害した犯人には強い殺意がありました。
それは、己(おのれ)の血に対する憎悪であることが最後にわかります。

事件には、ベテラン刑事エーレンデュルをボスとする班が捜査に当たります。
この五十がらみの苦み走った刑事には、年頃の娘エヴァがいるけれど、彼女は遊び歩いて、挙句に男友達の子供を妊娠しているというだらしなさです。
エヴァは中絶費用を父親にねだるほど困窮していたので、結局、父親のマンションに転がり込んで「孫を産んであげる」なんてことを言うのね。
もう、どうしようもない娘なのよ。
それでもエーレンデュルは娘を愛している。
奥さんはどうしたんだろう?死んだのかな?
見たところエーレンデュル刑事は一人暮らしで、毎日、羊の頭の煮物を買ってきて食べている。
この国の郷土料理なのかしら?
目ん玉が彼の好物らしい。

エヴァは、父とのそんな生活でも、母親に教わった父の好物である羊の頭の煮物を、父にごちそうするのでした。
ホントは、いい子なんだけど、このアイスランドという、寒くて何にもない土地では、男も女も体を求め合うしかないのかもしれない。
だから望まない妊娠や、セックスがおこなわれてしまう…
似たような話をロシアでも聞くし、北欧の国々ではそうやって子沢山になってしまうとか。
イヌイットの生活も乱交の風習があるようですし。
アイスランドでも、売春やレイプが無関係ではないようです。

エーレンデュル刑事たちは初動捜査で得た、殺された男「ホルベルク」の身元と、彼が大切に隠し持っていた墓地の写真を手掛かりに捜査に挑みます。
墓地には、粗末な十字架の墓標が映っており「ウィドル」という享年4歳の女の子が、今から(2006年のカレンダーが映っている)36年も前に亡くなったことが記されていた。

エーレンデュル刑事が、その墓地を訪れるのですが、それにはウィドル嬢の母親コルブルンが娘の死後、自ら命を絶っており、その母親の姉でエーリンという人物が唯一の手掛かりで、件(くだん)の墓地の近くに住んでいるという情報を得たからです。
しかしエーリンは、妹のコルブルンが警察に理不尽な扱いを受け、売春婦のレッテルを貼られて世をはかなんで自殺したことから、エーレンデュル刑事にもつらく当たるのでした。

エーリンから話も聞けないまま、仕方なくエーレンデュルは、写真を手に墓地に入り、ウィドルの墓標を見つけます。
その様子を見たエーリンは激怒して追っかけてきますが、最終的にはエーレンデュルの真剣さに感じ入って屋敷に入れ、妹が死んだ経緯を話をしてくれるのです。

そこで得られた情報は三十数年前の連続レイプ事件でした。
レイプ犯は三人のならず者で、そこに地元の刑事ルナールが、そいつらに「お目こぼし」して泳がせ、汚い仕事を請け負わせていたらしいのです。
自殺したウィドルの母、コルブルンもこの悪党にレイプされたらしい。
するとウィドルはレイプによって生まれた子ではなかろうか?

しかしルナール刑事は、コルブルンのほうから男を誘って売春していたと虚偽の調書を作り、悪党を守ったのです。
なんと三人の悪党の中に、殺されたホルベルクが含まれていました。
あとの二人は、エットリデとグレータルであることがわかり、そのうちエットリデは刑務所に収監されていました。
一方、グレータルの足取りは杳としてわからないままです。

とりあえず、エーレンデュル刑事と部下の刑事が刑務所に向かいエットリデに会うわけです。
このハゲデブ男はまったく反省しておらず「情報を教えてやる代わりにおれを独房から出せ」なんてことを抜かす。
エットリデは獄中の素行が悪く、独房入りの罰を受けていたのです。
結局この男は脱獄を企てて、旧知のルナール元刑事宅に押し入るんですがね。

エーレンデュル刑事たちも、町のうわさから素行の悪かったルナールを怪しんで、職質したり、彼の自宅を張り込んだりするんですが、年老いたルナールは耄碌(もうろく)して、体も壊しており、どうしようもない爺(じじい)になり下がっているんです。

過去にレイプを受けた女性をしらみつぶしに当たるという、気の遠くなるような捜査をエーレンデュル刑事の部下で、女性捜査官エリンボルク刑事が買って出ます。
忌まわしい過去を被害女性が簡単に語ってくれるはずもなく徒労に終わるかに見えた…しかし、一人だけ怪しい老婦人がいた。
物語のキーマンである、遺伝子研究所の研究員オルンの母親がこの女性だったというのは後の方でわかるんですけど。

オルンは翳(かげ)のある青年で、遺伝子研究所員として、違法に遺伝情報を入手して何やら熱心に調べていたらしい。
それはとりもなおさず、オルン自身の出自であり、幼くして病気で亡くなったオルンの妹のこと、そしてウィドルのこと。
オルンの妹とウィドルは同じ遺伝的疾患の脳腫瘍で幼くして死亡しているのでした。
殴り殺されたホルベルクの妹がまた、同じ脳腫瘍で死亡していたことをオルンは遺伝子情報から気付いていたようです。

検死医が殺害されたホルンベルクの遺体を調べたところ、殴打による脳挫傷のほか珍しい遺伝性の脳腫瘍が見つかったという。
エーレンデュルは、ホルベルクがコルブルンを強姦して産ませた子がウィドルではないかと疑いを強めていたころで、それならば、ウィドルにも同じ疾患があって、それで夭折したのではとの推論に達します。
エーレンデュル刑事は、エーレンの反対を押し切ってウィドルの墓を暴(あば)いて、その脳のサンプルを得ようとしますが、棺の中の幼女の遺体の頭蓋骨はきれいに切り取られ、埋葬以前に脳を取られてしまっていたのでした。
エーレンデュルは琴の次第を検死医に話すと、検死医は「そういう遺伝病のサンプルは遺伝子研究所に行けばいい」と教えてくれました。
遺伝子研究所でオルンに会ったエーレンデュルがホルマリン漬けになったウィドルの脳を証拠品として預かって持ち帰るのでした。

オルンは刑事がホルベルク殺害の容疑者を絞り込んでいることを感じ取っていたのだと思います。
だからウィドルの脳サンプルを刑事に渡したのです。

オルンはずっと前からある結論に達していたのです。
自分の妹も自分も同じ遺伝子をもつことは不思議ではない。
しかし他人のウィドル、それも30年以上も前に死んでいる少女の遺伝子とも共通していることはどういうことか?
同じ時期、ホルベルク一味が連続レイプ事件を、オルンの故郷の町で起こしていた。
ホルベルクの妹が、同じ脳腫瘍で亡くなっていて、遺伝子研究所にサンプルが保管されていることが裏付けになったのでした。
この一連の事実をつなぎ合わせると、オルンと彼の妹、ウィドルは同じ父親、ホルベルクの遺伝子を持つことになる…
ホルベルクの妹が同じ遺伝病なのは兄妹なのだから当然として、オルン兄妹とウィドルの共通点はホルベルクしかありえず、母が違うのは、オルンの母とウィドルの母がホルベルクに犯されたからにほかならない…

エーレンデュル刑事も核心に近づいていました。
実は、オルンの母親(エーレンデュルはこの母子関係を知らない)は夫が船乗りで、ほとんど家におらず、寂しさにかまけてホルベルクと関係を持ったらしいことが、彼女の証言によってわかったのです。
その際に情事の写真が撮られ、のちにホルベルクの家の地下の下水溝から発見された腐乱死体に同梱されていたネガフィルムでそのことが発覚します(彼の部屋の悪臭の原因がこれだった。床がべこべこしていたのはそこをはがしてコンクリートで埋めていたため)。
オルンの母親に関しては同意の上での不倫関係だったらしい。

最初に戻ってホルベルクに強い殺意を持った人物が捜査線上に浮かびます。
誰だと思いますか?もうおわかりですね。

このように遺伝子情報を利用した、過去のレイプ事件を解明するという刑事手法は新しい取り組みと言え、物語の伏線としては良く練られていたと私は思いました。
全体に暗い雰囲気が拭えないのは、北欧の島国で起こった事件だからでしょうか?
北欧社会の暗い面、フリーセックスの代償のようなものを垣間見た気がします。
エディは産むのでしょうか?
父親のエーレンデュルは、もはや勝手にしろという風情。
父親の分からない子が多いらしいことも、映画の中ででてきます。
どうしてそうなるのかというと、近親相姦とか強姦事件が絡んでいるからだと言うのです。
暗いですね。
暗澹たる世界ですね。
でもよくできた作品だと思います。