希望の星
それゆけぇ!
かつてない明日に
漕ぎ出す海原は、修羅の道
ぷんぺん、ぽろり
さあ、行くべ
あーたかもぉ、こーくてぃ、しるきさん!
あぁたかもー、こぉくてー、うばらかん!
「なおぼんよ。よんどころねぇ事情があってよ」
岡田洋輔はすまなさそうに頭を掻きながらぼそぼそっとしゃべった。
「ようすけちゃん、ここは、一度、出直そうよ」
「そうすっぺ。ここを引き払って俺んちへ来い」
あたしらは、めし屋を出て、海岸沿いを歩いた。
めし屋は二階が民宿になっていて、あたしは昨晩ここに宿を取ったのだ。
防波堤の向こうには太平洋が広がっている。
波濤が押し寄せ、なにもかも引き込むように遠ざかる。
日没にはまだ時間があるが、季節柄、肌寒かった。
ジャンバーの襟を立てながら、二人は、とつとつと歩いていた。
今朝、あたしは、「志村けん」に抱かれる夢を見て目が覚めた。
志村さんが、あたしの上で、すごいスピードで腰を振っていた。
なんでだろ・・・なんでだろ・・・
だからというわけではないが、気分がすぐれない。
頭痛もする。
洋輔の「よんどころねぇ事情」というのは、彼の娘の咲子(さきこ)が熱を出したことに由来する。
それだけではないのだが、あたしの計画を実行するのには、はばかられる十分な事情なのだった。
洋輔は娘と二人暮らしだった。
そして漁船の修理工として生計を立てていた。
咲子の母親は、洋輔の実の姉だというからややこしい。
こういう小さな漁村では、ようある話だった。
洋輔と姉の和美は禁断の関係をもっていたが、和美は世間の目にいたたまれず、娘を置いてこの村を出て行った。
「咲ちゃん、だいぶ、悪いの?」
ともすれば、風に消えそうな声であたしが訊いた。
「うんにゃ。もう熱は下がってきてるんや」
早口に洋輔が言う。
「あたしが今晩、ついていてあげるよ」
「助かるなぁ。そうしてもらえると」
「あたし、追われてんだよ。それでもいい?」
「だいじょうぶだってば。ここまで、佐伯(さえき)はこねぇよう」
にたっと白い歯を見せて洋輔が笑う。
佐伯は、あたしが抜けた組の筆頭若頭だった。
洋輔がかけだしのころ、大阪で佐伯に食わせてもらっていたという。
佐伯は、執念深さにかけては、蛇のような男で、あたしが組の金庫番だったからか、「足抜け」を快く思っていなかった。
組長の縣(あがた)にあたしは身も心も捧げていたので、あたしに横恋慕の佐伯はそれがおもしろくなかったのだろう。
縣があたしを簡単に抜けさせたのを、いまいましく思い、追っ手を差し向けていると「風のうわさ」に聞いている。
あたしは、縣から、いくばくかの組の金をもらっていたが、それをあたしが横領したのではないかと佐伯に思われているのだった。
「言い訳しても、聞いてはくれまい・・・」
あたしはあきらめていた。
見つかれば、犯されて殺されるのがおちだ。
「こいつを訪ねていけ」と縣組長に教えられて、洋輔のところを訪ねたのだった。
ちっぽけなロウソクのような灯台の見える入り江に洋輔の家があった。
平屋だが、前栽(せんざい)があって、手入れが行き届いていた。
玄関から、すぐの客間に咲子が臥せっていた。
「サキ、このおばちゃんがしばらくめんどうをみてくれるって」
「こんにちは。さきちゃん」あたしは、笑顔で彼女を覗き込んだ。
咲子は、しんどいのか目で合図をするだけだった。
人見知りをするような子ではなさそうだった。
「ね、洋輔ちゃん、洗面器にお水を汲んで、タオルといっしょに持ってきてよ」
「おう。わかった」
しばらく、咲子の看病をしながら、あたしは行く末を考えた。
このまま、洋輔たちと、ここで暮らすのも悪くない。
どうせ、渡世人の身の上だ。
佐伯に感づかれなければいいのだから。
「洋輔ちゃん、あたしといっしょになる?」
「え?」
「このまま、あたし、ここで暮らしてもいいかな」
「いいもなにも・・・なおぼんがいいって言うんなら」
洋輔もまんざらではないようだった。
咲子に粥をつくってやり、あたしたちは干物で夕食をとった。
咲子の容態は快方に向かっているようだった。
その夜、あたしは洋輔に抱かれた。
声が出そうになるのをこらえて、咲子のほうを見ていた。
洋輔が、「志村けん」のようにせわしく腰を振っていた。
いとおしくなって、あたしは洋輔の頭を抱いた。
潮騒が響いていた。
それゆけぇ!
かつてない明日に
漕ぎ出す海原は、修羅の道
ぷんぺん、ぽろり
さあ、行くべ
あーたかもぉ、こーくてぃ、しるきさん!
あぁたかもー、こぉくてー、うばらかん!
「なおぼんよ。よんどころねぇ事情があってよ」
岡田洋輔はすまなさそうに頭を掻きながらぼそぼそっとしゃべった。
「ようすけちゃん、ここは、一度、出直そうよ」
「そうすっぺ。ここを引き払って俺んちへ来い」
あたしらは、めし屋を出て、海岸沿いを歩いた。
めし屋は二階が民宿になっていて、あたしは昨晩ここに宿を取ったのだ。
防波堤の向こうには太平洋が広がっている。
波濤が押し寄せ、なにもかも引き込むように遠ざかる。
日没にはまだ時間があるが、季節柄、肌寒かった。
ジャンバーの襟を立てながら、二人は、とつとつと歩いていた。
今朝、あたしは、「志村けん」に抱かれる夢を見て目が覚めた。
志村さんが、あたしの上で、すごいスピードで腰を振っていた。
なんでだろ・・・なんでだろ・・・
だからというわけではないが、気分がすぐれない。
頭痛もする。
洋輔の「よんどころねぇ事情」というのは、彼の娘の咲子(さきこ)が熱を出したことに由来する。
それだけではないのだが、あたしの計画を実行するのには、はばかられる十分な事情なのだった。
洋輔は娘と二人暮らしだった。
そして漁船の修理工として生計を立てていた。
咲子の母親は、洋輔の実の姉だというからややこしい。
こういう小さな漁村では、ようある話だった。
洋輔と姉の和美は禁断の関係をもっていたが、和美は世間の目にいたたまれず、娘を置いてこの村を出て行った。
「咲ちゃん、だいぶ、悪いの?」
ともすれば、風に消えそうな声であたしが訊いた。
「うんにゃ。もう熱は下がってきてるんや」
早口に洋輔が言う。
「あたしが今晩、ついていてあげるよ」
「助かるなぁ。そうしてもらえると」
「あたし、追われてんだよ。それでもいい?」
「だいじょうぶだってば。ここまで、佐伯(さえき)はこねぇよう」
にたっと白い歯を見せて洋輔が笑う。
佐伯は、あたしが抜けた組の筆頭若頭だった。
洋輔がかけだしのころ、大阪で佐伯に食わせてもらっていたという。
佐伯は、執念深さにかけては、蛇のような男で、あたしが組の金庫番だったからか、「足抜け」を快く思っていなかった。
組長の縣(あがた)にあたしは身も心も捧げていたので、あたしに横恋慕の佐伯はそれがおもしろくなかったのだろう。
縣があたしを簡単に抜けさせたのを、いまいましく思い、追っ手を差し向けていると「風のうわさ」に聞いている。
あたしは、縣から、いくばくかの組の金をもらっていたが、それをあたしが横領したのではないかと佐伯に思われているのだった。
「言い訳しても、聞いてはくれまい・・・」
あたしはあきらめていた。
見つかれば、犯されて殺されるのがおちだ。
「こいつを訪ねていけ」と縣組長に教えられて、洋輔のところを訪ねたのだった。
ちっぽけなロウソクのような灯台の見える入り江に洋輔の家があった。
平屋だが、前栽(せんざい)があって、手入れが行き届いていた。
玄関から、すぐの客間に咲子が臥せっていた。
「サキ、このおばちゃんがしばらくめんどうをみてくれるって」
「こんにちは。さきちゃん」あたしは、笑顔で彼女を覗き込んだ。
咲子は、しんどいのか目で合図をするだけだった。
人見知りをするような子ではなさそうだった。
「ね、洋輔ちゃん、洗面器にお水を汲んで、タオルといっしょに持ってきてよ」
「おう。わかった」
しばらく、咲子の看病をしながら、あたしは行く末を考えた。
このまま、洋輔たちと、ここで暮らすのも悪くない。
どうせ、渡世人の身の上だ。
佐伯に感づかれなければいいのだから。
「洋輔ちゃん、あたしといっしょになる?」
「え?」
「このまま、あたし、ここで暮らしてもいいかな」
「いいもなにも・・・なおぼんがいいって言うんなら」
洋輔もまんざらではないようだった。
咲子に粥をつくってやり、あたしたちは干物で夕食をとった。
咲子の容態は快方に向かっているようだった。
その夜、あたしは洋輔に抱かれた。
声が出そうになるのをこらえて、咲子のほうを見ていた。
洋輔が、「志村けん」のようにせわしく腰を振っていた。
いとおしくなって、あたしは洋輔の頭を抱いた。
潮騒が響いていた。