「日出男さん、入るわよ」
その日も、あたしは土蔵を訪った。
「やあ、なおこさん」
幾分、顔色の良くなった日出男さんがカンバスに向かっていた。
絵は、色が入り、油彩の独特の匂いが濃くただよっている。
「あたし、こんな明るい顔してるかなぁ。もっと色が黒いでしょ」
「ううん。君は、血色がいい。桃のようだ」
「まあ・・・」
あたしは、はにかんで下を向いた。
「これ、持ってきたの。召し上がってくださいな」
あたしは、お茶と草餅の焼いたのをお盆に乗せて携えてきたのだった。
「ほう。めずらしいね。甘いものなど、姉は持ってきてくれやしないから」
相好を崩して、青年は餅に手を伸ばした。
そして、さもうまそうに頬張った。
あたしは、そのほほの動きに見とれていた。
「何見てるんだい?なおこさんも食べなよ」
「え、ええ」
あたしは、心の中を見透かされたようで、急に恥ずかしくなった。

「あの、おしっこ・・・手伝ってもらえないかな」
恥じらうように日出男さんが依頼した。
「ええ、いいですよ」

足の不自由な日出男さんは、一日中、車椅子で過ごし、用便はおまるにしている。
不潔にならないように、姉の加代子さんがまめに始末をしているみたいだった。
二、三日前、小用を催したことがあって、あたしがお手伝いしたことがあった。
恥ずかしそうに、日出男さんはあたしにされるがまま、おまるに座って用を足した。
そのとき、見てはならないとわかっていても、性器が見えてしまう。
完全な「すぼけ」だった。
幼児のようなそれは、しなびたまま、尿を放った。

あたしには、かつて夫と呼ばれる人がいた。
先の戦争で、帰らぬ人となり、子もないまま夫の実家を出た。
あたしの実家はすでに戦災で無く、両親もその時に失った。
つまり、路頭に迷っていたところを、戦中に疎開させてもらった縁で八重子夫人に助けてもらってここにいるのだった。
その夫と、二度だけ契ったのがあたしの男性経験だった。
妊娠したけれど死産に終わってしまった。
そのとき、男の陰茎には「すぼけ」といって、子どものように皮が被ったままのものと、夫のように露出しているものがあると知った。

あたしは、日出男さんの車椅子を押して、部屋の隅の椅子型のおまるの近くに行った。
そうして、彼の前から、かかえるようにして立たせて、着物をまくり、下着を下ろした。
ゆっくり便座に座らせる。
この椅子は便座が丸くくり抜かれた板でできていて、下にブリキのバケツが受けてある。
ちゃらちゃら・・・・と軽快な小便の音がした。
「ふう・・今朝から行ってなかったから」
「いつでも、あたしがして差し上げますから、遠慮なさらずに」
あたしは、そういって笑った。

「ねえ、なおこさん」
「はい?」
「なおこさんは、男の人を知ってるの」
その意味するところをはかりかねたが、たぶん「経験」のことを訊いてるのだなと気づいた。
「そりゃあ、あたしも結婚してましたから」
「そうなんだ。旦那さんがいるんだね」
「戦争で亡くなりましたわ」
「ごめんよ。変なことを訊いてしまって」
「お気になさらずに。で、日出男さんはどうなの?女の人を知っているの?」
我ながら、むごいことを尋ねていると思った。
「知っているような・・・」
そういって、くちごもった。
だれか、好きな人がいたのだろうか?
それはあってもおかしくない。
しかし、こんな不具者を愛する女がこの僻地にいたとは、にわかには信じがたかった。
「へぇ。知ってるんだ・・・」
あたしは、少し意地悪な気持ちになった。
「ここは、もう一人前なんですね」
あたしはしゃがんで、その細い器官に指先をはわせた。
「なおこさん・・・」
あたしは少し大胆になり、かつて夫にしてあげたようにつまんでさすった。
すると、弱々しかった雄の器官は硬さを増し、にゅうと股間より立ち上がってきた。
「ああ、気持ちいい」
「そう?気持ちいいの?」
薄く長い陰毛の中から、すっくと伸び上がった陰茎はいくぶん皮から露出し、饐えたような異臭を放っている。
夫のものより細いが長く、硬さは十分だった。
便器の前で顔を近づけているのも嫌だったので、あたしは日出男さんに車椅子に移ってもらった。
そして、車椅子を窓辺の方に押していって、続きをした。
「じゃ、こんなことをしてもらったことは?」
そう言って、あたしは彼の勃起を口に含んだ。
口の中で包皮を舌で押し下げると、吐き気を催すような臭気が鼻に抜ける。
なにやら垢のようなものがもろもろと口に残る。
それでも我慢して、舐めあげて、綺麗にしてあげた。
そうしてあげないと不憫に思えたから。

「なおこさん、おれ、もう」
そう言って、びくびくと腰が震え、あたしは頭をつかまれ、口の中に放たれた。
青臭い匂いが口中に充満し、粘い痰のようなものが舌にまとわりつく。
日出男さんの放出は長々と続き、急に陰茎がしぼんでいった。
「あ、ああ、なおこさん。すまない・・・」
「ううん」
あたしは口からこぼさないように、日出男さんを吐き出し、ちり紙に精液を吐いた。
「うえっ」

後始末をしている間、日出男さんは申し訳無さそうに、終始無言だった。
あたしも気まずくて、アトリエをそそくさと後にした。
土蔵の鍵を元に戻したところに加代子さんが帰ってきた。
「あら、何してたの?なおこさん」
「い、いえ、お掃除を」
あたしはとっさに嘘をついた。
「ふん」と言ったまま、加代子さんはへっついの方へ行ってしまった。