川島さんに上海で会ったとき、彼女は男の人と一緒だったわ。
その人、駐在武官の田中隆吉とか言ったっけ。
軍服を脱いだ姿は、軍人らしくない、インテリなところのある男性で、川島さんには、お似合いだった。
以来、あたしも二人と一緒に上海の旧市街や租界地を散策したり、美味しいものをごちそうになったりしたの。

ほどなく、二人から板垣征四郎大佐に紹介されたわ。

川島さんらは板垣閣下の命令で諜報活動をしていたのよ。


ダンスホールへなんか足を踏み入れたことのないあたしを、川島さんはリードしてくれたわ。
男装の麗人としてつとに有名だった川島芳子が、あたしの手を取って、チークダンスを手引してくれたのよ。
彼女は、いい匂いがして、あたしはめまいがしたわ。

「なおこ、あなた、あたしの片腕になって働かない?」
頬に頬を寄せて、眩暈状態のあたしに、そうささやいた。
「ええ、でも何をしたらいいの?お姉さん」
あたしは、川島さんを「姉さん」と呼んでいた。
「孫文の息子に近づいて欲しいの」
「え?」
孫文といえば、数年前に亡くなった中華民国国民党総裁だ。
その息子の孫科のことを、川島さんは言っているのよ。
「ほら、あそこに座っているのが彼よ」
三十代だろうか?眼鏡のやさしい、どこか幼さを残した美男がホールの隅のテーブルで談笑している。
ダンスの曲が終わって、あたしは姉さんに連れられて、孫科のほうに歩いて行った。
「おお、川島さんじゃないか」
流暢な日本語で孫科が鷹揚に立ち上がった。
「紹介するわ。この子あたしの妹分の横山尚子っていうの。こちら、こないだ亡くなった孫文総裁のご長男の孫科閣下よ」
「よろしく。横山です」
「ほう、可愛らしい、お嬢さんだ」
「閣下は、党の行政院院長をされてるの」
と、川島さんがあたしに言って、そのテーブルの席におじゃました。
「横山さんは、この上海で何を?」
孫科が相好を崩してあたしに尋ねてきた。
「あたしは、父の仕事について来ているだけなんです」
「ほう、お父上はなにをされているんですか?」
「上海の萬進路で火薬と砲金の商社を営んでおります」
※砲金(ほうきん)とは、大砲などの砲身の材料となる銅と錫の合金類を言う。いわゆる「ガンメタル」である。
「え?もしかして横山高雄殿のご息女では」
「そうよ。なおこは横山子爵の長女ですよ」と芳子姉さんが答えてくれた。
「そうでしたか。お父上にはなにかとお世話になっているものでね。よろしくお伝え下さい」
「閣下にお近づきになれて嬉しいですわ」
あたしは、馴れ馴れしく、孫科に寄り添った。
命令を許諾したという芳子姉さんへの意思表示のつもりだった。
孫科もまんざらではないという表情であたしの手を取って撫でてきた。
しかしその手は震えていた。女を知らないらしい。

三十二にして童貞だった孫科閣下とはすぐに昵懇になり、彼はあたしの身体に夢中になってくれた。
中国語を少し話せたあたしは、彼の愛人として深い仲になってあげたわ。
彼は、自分は立法府の重鎮で、法律家だと言った。
蒋介石とは反目していたけれど、そういった、こもごものことをベッドで問わず語りに、あたしにわかりやすく話してくれたのよ。
あたしは、そんな彼を愛し始めていたわ。
でも芳子姉さんの任務を忠実にこなし、蒋介石について知り得た事実を細かく彼女に伝えることも忘れなかったよ。
そのことがいったいどういう効果を日本にもたらすのかは、わからなかったけれど。


板垣征四郎閣下は、芳子姉さんの愛人の田中隆吉少佐にとんでもないことを命ずるの。

「上海で騒ぎを起こせ。満州国建国に対する列強諸国の目を逸らすんじゃ」と。

上海公使館の一室で、あたしと姉さんは二万円の大金を前に、凍りついたようになっていた。

田中少佐は、

「こうしよう・・・日本人が中国人に襲われた・・・と」

「たばかるの?」と姉さん。

「抗日運動が勢いを増している今日、日本の坊さんを襲わせる、というか、襲ったことを装えば、大義名分が立つ。俺の子分の、張(ちゃん)という男を使おう」

最近、日蓮宗の僧侶が、どんつくどんつくと団扇(うちわ)太鼓を叩いて練り歩く姿を、あたしも目にしていた。


寒い小正月も過ぎた頃、その事件は勃発した。

タオル工場の前で、日蓮宗の坊主が中華民国の抗日青年団に暴行を受けたの。

このタオル工場は反日運動が盛んだったのね。

水上さんというお坊さんが殴り殺されてしまったのよ。

これに怒った日本人は日ごろの鬱憤をはらそうと、中国人への反撃に出るわ。

二日後には、そのタオル工場へ復讐の日本人暴徒が乱入してえらい騒ぎ。

芳子姉さんとあたしが、タオル工場に勤務していた中国人の張とその手下を体と金で手名づけて、そそのかしたらこのざまよ。

仕事を請け負う代わりに、張と五人の男どもは、しつこく何度も、あたしと姉さんを抱いた。

そして、一万円で、この汚い仕事を請け負う約束をしてくれた。

妊娠を恐れたあたしと姉さんは泣きながら、寒い風呂で体に残った汚い精液を洗い流したの。

残りの一万円は姉さんと二人で分けたわ。当然よ。

※世に言う「上海日本人僧侶襲撃事件」である。


幸い、あたしたちに、次の生理が訪れた・・・

あれから、孫科閣下と同衾ののち、川島芳子に会って、レズビアンの遊びに耽溺する毎日・・・
あたしは、ついに自身の肉体に潜む、獣のような心に目覚めさせられたわ。

レズなら、妊娠の恐怖を感じずに快楽にふけることができるもの。

「お姉さん・・・それは」
「張り形よ。西洋ではディルドって呼ぶわ。あたしがタチ(男役)をやるから、あんたは寝てな」
洋の東西を問わず、こういった性具は存在するものらしい。

川島芳子が「女」を捨てて、男性として生きていくと宣言したことは耳目に新しい。
時代に新風を吹き込んだ女傑だった。
あたしだって、『少女画報』なんかを読んで憧れたんだもの。
その有名な人にあたしが抱かれる光栄に、身体(からだ)が打ち震えたわ。
だから、なんだって芳子姉さんの言うことには従うの。それが心地良いのよ。

男性を模した、その物体を腰に革のベルトで固定し、あたかも川島芳子の身体から生えているかのようにそそり立ったのよ。
「なおこ・・・」
「姉さん・・・」
そうして、芳子姉さんは、あたしの股間に顔をうずめ、静かに舐め始めたわ。
陰核や、陰唇を丁寧に広げ、膣にまでその愛撫は及んだの。
孫科閣下は、女の快感などそっちのけで自分だけ気持ちよくなる男だったので、彼との交歓の後には芳子姉さんに愛されないと、あたしの身体は、始末がつかなくなっていたのよ。

「入れるわよ。いい?」
「はい」
芳子姉さんはたっぷりと唾で濡らして、閣下よりはるかに太いそれがあたしに宛てがわれたの。
ぐっ・・・
芳子さんの腰が男のように動いてあたしをしとめた。
あたしは、これでもかといっぱいに拡張させられる。
ぐばぁ・・・
「すっぽり入っちゃったわよ。なおこ・・・いやらしい子ね」
「姉さん・・・そんなこと言わないで・・・あっ」
「どうなの?閣下とどっちがいい?あたしの子猫ちゃん。ほら、言ってご覧」
「姉さんよ。姉さんのほうがいい。閣下のより大きいっ」
「ほうら、ほら。どう?」
ぐっちゅ、ぐっちゅ・・・
牛革でできているのであろう、黒々としたニセの男根があたしを出入りする。
にんまりとした表情の川島芳子が、あたしを上から見下ろす。
彼女の薄い胸はまるで少年のようだった。
あたしは美少年に犯されている幻覚を見ているようだった。
射精のない性交は、いつ果てることもなく、続いた。

あたしは、転がされ、後背位で貫かれた。
体の芯まで届くかのような挿入が、大きな快感をあたしに与えたの。
「あはっ。すごいっ。姉さん・・・もうだめ」
シーツをつかむ手が、血の気が失せるくらい力んだ。
「だめなの?なおこ。もうだめなの?降参するの?」
「だめぇーっ」
あたしは後ろから、やさしく胸を揉みしだかれ、悶絶した。
乳首は、かちかちに立ってしまって痛いくらいだったわ。
「なおこは可愛いわ。こんなに乱れて・・・」
ずっぽ、ずっぽ・・・
大きく拡がった膣は、過酷な突きに耐えかねていた。
「こんなに、泡を吹いて・・・なおこったら」
つぶさに観察しながら川島芳子が、あたしを言葉でいじめる。
膣に空気が入って、恥ずかしい音が響いた。
ぶりぶり・・・
あたしは、口角からよだれを垂らしながら、空前の快感に酔いしれ、力が抜けていった。

薄れゆく意識の中で、孫科閣下との情事を思い出していた。
包茎のそれは、短いが、硬かった。
最初は早漏気味で、お互い気まずかったけれど、あたしと何度もするうちに、その時間は延長された。
いろんな体位でやりたがったが、短めの彼では無理なものもあった。
公務で忙しい彼は、最近では、お口で終わることも多かった。
だから、あたしは欲求不満が溜まっていたのだった。

「あああ・・・姉さん!」
尻肉をしたたか叩かれ、鋭い、早い突きにあたしは、のけぞった。

「なおこ!なおこ!」
遠い何処かで、あたしの名を呼ぶ声がした。
広いベッドの上で、芳子姉さんが心配そうにあたしを呼んでいたのだった。
目の前の枕はよだれで、じっとりと大きな染みができていた。
窓の外には、冬の上海の朝焼けが燃えている。

ほどなく満州事変が勃発したことを聞かされた。
孫科閣下は蒋介石と和解したけれど、あたしと芳子姉さんと通じていたことが原因で「秘密漏示罪」の疑義によって辞職に追い込まれてしまった。
気の毒なことをしてしまったわ。

すぐに芳子さんが、あたしに付いてくるようにと旅支度をととのえさせたわ。
父には、何も言わずに満州に旅行するとだけ言って。
「溥儀様の皇后さまを天津から逃がすんだ」とだけ芳子姉さんから聞いていたわ。

あたしは、孫科閣下と最後の契りをして、姉さんが用意した広州行きの列車の切符を渡して、未明に別れたの。

ちょっと切なかった。

でも二人のためにはそのほうがいいのと、自分に言い聞かせたわ。

それもこれも、関東軍の石原莞爾参謀の命令だとあとで知ったけど。
そのときは、そんな大それたことだとは知らなかったのよ。

あたしは初めて、親に嘘をついて旅に出たのよ。

この続きは、またこんど。
話す機会があればね。