ひな祭りと言えば、芥川龍之介の「雛(ひな)」という短編を思い浮かべます。
零落した士族の女の子の目から見た明治期の悲哀を描いていて秀逸だったわ。
愛蔵している先祖代々受け継がれてきた雛人形を、日々の費えのために売らねばならなくなった母親と娘の苦悩。
そこに開化した考えを持つ、疳の強い長兄がいるわけね。
兄は、ひな祭りを「旧弊」と片付けて、少女の気持ちも考えず、さっさと売ってしまえと心無いことを言うのよ。
妹と兄は反目し合うんだけど、気の優しい母親が間に入り心を砕いてとりなしてね、その母親も病に倒れる。
小品ながら、「さすが芥川」と思わせる仕上がりになっていたわ。

さて、今日は「ひな祭り特別」重賞レースや。
競馬やないよ。

なおぼんの妄想の飛行機レースですよ。
パイロットはみんな女性やねん。

ここ淀川河川敷飛行場に終結した各国のレシプロ機が並びます。
二本のパイロン(支柱)の間を五周して勝負を決めるんよ。

一番人気はアメリカ、アメリア・イアハートの乗機「ノースアメリカン・ムスタングP-51Bald eagle(ハクトウワシ)」。おなじみの白銀の機体に白黒チェッカーの胴帯、紺地に白抜きの星のマーキングや。
二番はあたしの乗機「三菱・烈風・平成スペシャル」新型「誉(ほまれ)」を搭載した未完の名機。ブルーメタリックに白縁日の丸がまぶしいで。
三番はドイツ、ハンナ・ライチュの乗機「メッサーシュミットBf-109G」ガンメタリックに塗装されたメッサーはとても精悍に見えるわ。鉄十字が無言の威圧感を及ぼしてるなぁ。
四番はイギリス、エミー・ジョンソンの乗機「スーパーマリン・スピットファイアMk XVI」五翅プロペラは強力やで。マット(つや消し)のオリーブドラブと背面のスカイブルーに塗り分けて軍用機らしさを残してるな。
五番はロシア、リディア・リトヴァクの真紅の乗機「ヤコブレフYak-1ピョートル大帝」ちっちゃいながら、コーナーを果敢に攻めてくる恐いもの知らずの娘(こ)やで。
六番はフランス、オレンジ色の飛行機はマリーズ・イルズの乗機「ドボワチンD520改」イスパノスイザのエンジンが安定した底力を見せるはずや。

さあ、準備は整ったで。
あたしは、ジャパンブルーのフライトスーツに身を包んで、烈風に乗り込む。
ゼロ戦の改良型で、ゼロより大きいから、居住性も抜群や。
タッチパネルでほとんどの操作ができるようになってんねん。
操縦桿は、スティックタイプでエレベータに連結している。スポーツ機はみんなこれや。
ラダーはペダルで操作するんよ。
スロットルは右のサイドにあるねん。
ドッグファイト競技じゃないから、マーカー弾の機銃は装備してない。
その分軽いから、スピードも出るよ。
アメリアのムスタングとあたしの「疾風(はやて)」でドッグファイトをしたときは勝ったけど、「飛燕(ひえん)」でやったら負けた。

セルを回して、各機タキシーウェイの手前まで進んでいる。
あたしの「烈風」の「誉」も好調や。
風防を閉めて、タッチパネルの猫のキャラクターにタッチする。
トランシーバーからは管制係の声が。
吹流しは堤防側からの横風を示していた。
ポッドをAUXにつないで、機内はお気に入りBGMでごきげんさんや。
今日はチャゲ&飛鳥の「Yah Yah Yah」や。
何度も言うけど、これは軍用機じゃないの。
スポーツプレーンなのよ。
スロットルを徐々に開けていく。
「誉」の音が澄んでくる。
チェッカーフラッグが振られた!
五機同時にスタートした。
あたしは、烈風のスロットルをいっぱいに開けて、対地速度を上げていく。
景色は後ろに流れ、二点支持になって、操縦桿を引いた。
ふわりと体が浮いた。
ほぼ垂直に烈風は舞い上がる。
高度500メートルまで一気に駆け上がった。
誉なら余裕や。
シートの背に体が押し付けられるのが心地よい。

同時に脚が仕舞われたことがタッチパネルの猫が教えてくれた。
猫は「TAKE OFF」と言って、親指を立てて笑った。
真っ青な早春の空。
生駒や六甲が春霞にかすんでいる。
真下には小さくなった飛行場が見えた。
淀川は深い青い帯となって大阪湾に向っている。
前を掠めるのは、アメリアの「ムスタング」やった。
後ろにはハンナの「メッサー」が付いている。
マリーズの「ドボワチン」が下にいる。
リトヴァクの「ヤク」は遅れを取ったか、視野に入っていない。
エミー・ジョンソンの「スピット」は太陽を背に逆光の中だ。
第二パイロンを回って、元の第一パイロンにを回ったところから五周で勝負する。

あたしは第二パイロンをインにコースを取って、機体を滑らせる。
メッサーも差してくる。
スピットが下降気味にインを突いて来た。
強力なロールスロイス「マーリン」エンジンの咆哮があたしの耳をつんざいた。

直線コースになると、今度はムスタングが抜こうとする。
最大速度では烈風はムスタングにはかなわない。
「あれ?ヤクがついてくる」
リトヴァクが本領発揮か?あの子は負けん気が強いからなあ。
もう第一パイロンが見えてきた。
エミーのスピットが馬力に物を言わせて、あたしとリトヴァクの頭を押さえようと上から攻めてきた。
ドボワチンがじゃまや!
パイロンポストのすれすれまで、機体を寄せる。
リトヴァクのYak-1に当りそうになる。
接触は双方失格になる。
ムスタングはゆうゆうとあたしたちを尻目に直線コースに抜けていった。
Yak、烈風、メッサー、ドボワチン、スピットがその後に団子になって続いた。

終始、アメリアが優位に位置を取り、スピットとメッサーが追いかけ、その後をあたしたち三機が続く形で四周が過ぎた。
「くそ、ムスタングにまた負けるがな」
あたしは、焦っていた。
もう、チャゲ・アスの歌も聞こえない。
操縦桿を引いて高度を取った。
まず、リトヴァクのYak-1を引き離しにかかる。
そしてスピットのケツに付いたった。
たぶん、600km/h近く、スピットは飛ばしているはずだ。
烈風がしんどがっている。
誉の力不足が見え出した。
このままパイロン付近で急降下を仕掛けると、可変ピッチのプロペラが過回転を起こしかねない。

なんとか第二パイロンをかわして、順位を維持した。
Yak-1とドボワチンをかなり引き離した。
あとは、スピットとメッサー、そしてムスタングや。
黒いメッサーがまくってきた。
ハンナ・ライチュは男勝りのパイロットやった。
レズやといううわさもある。
烈風がメッサーに負ける訳には行かない。
意地でもメッサーには抜かされへん。

第一パイロンが春霞に浮かび上がる。
「よっしゃあ、このままフルスロでパイロンを回ったる」
空戦フラップを使って、急降下気味でパイロンに差し込む。
操縦桿がびびる。
メッサーは横滑りをして、パイロンから大きくはずれて回り、ロスした。
スピットも大回りしている。
インを差せたのはあたしとアメリアのムスタングだけやった。

二位でフラッグを受け脚を出し、あたしはタッチダウンした。

ああ、すっきりしたわ。