魯智深(ろちしん)といえば知らない人はいないくらい、水滸伝のヒーローです。
魯智深は戒名で、俗名は魯達(ろたつ)と言いました。
破天荒が擬人化したような怪力男で粗暴にして、純粋、地を這う虫にさえ慈しみを感じる優しさを持ち合わせています。

経略府(渭洲の警察庁みたいな役所)の提轄(ていかつ:憲兵か?)だった魯達(ろたつ)は、街では「強きをくじき、弱きを助け」る豪放磊落な性格で民衆に慕われていたんです。
なにしろ怪力の持ち主で、酒はめっぽう強く、酒に飲まれるタイプで、酒の上の不祥事が多いことこの上ない。
それに、すぐに怒り心頭に発して、めったやたらに暴れるから、そうなるとだれも手を付けられないの。

彼の全身を覆う彫り物は「花海棠(はなかいどう)」で、後にやむを得ず出家得度して僧体になったころから「花和尚魯智深(かおしょうろちしん)」とあだ名されたのね。

ターミネーターより強い男がいるとしたら花和尚魯智深を、あたしは挙げるわ。

カラスがうるさいからと巣のある柳の大木を根っこから引き抜き、子分にカラスの巣を安全な場所に移させるとか、入門した文殊寺(五台山所属の禅寺)の山門を酔っ払って、ぶち壊し、仁王像を二体、粉々に砕いて、石灯籠も砕き、何十人の僧が寄ってたかって魯智深を取り押さえようとするけれど、ことごとく跳ね飛ばされる。
そのために破門されることになるんだけどね。

そんで、酔いが回ると脱ぎたがって、見事な彫り物を見せびらかすんだ。

合わない禅寺に入門することになったのも、彼が、不幸な父娘に出会ったから。
渭州に訪れた九紋龍史進と魯達は料理やで相まみえ、史進が提轄の魯の粗暴で、横柄な態度に立腹し、喧嘩になる。
九紋龍史進も全身に九頭の龍の彫り物があるから、その名があるんだけど、互いに譲らない腕っ節と、彫り物の競演で意気投合し、義兄弟の盃を酌み交わす。
史進は無念の死を遂げた武術師範の王進先生(元禁軍師範で高俅大尉に疎まれて逃亡し史進と出会う)の墓参に来たのでした。
そしてもし王進先生のご母堂が存命であれば引き取ってお世話する考えでした。
魯達が協力して、王進の墓を探し当てるも、隣にはご母堂のお墓もあって、史進は「遅かった」と悔み泣き崩れます。
悲しみに暮れる史進を励まし、魯達が歓楽街へと誘います。
途中、丸薬売が道端で派手な武術パフォーマンスを取り入れて丸薬の効能を口上します。
その華麗な武芸に見とれる魯達と史進でしたが、史進はその丸薬売の顔を見知っていました。
「李忠先生じゃないですか?」
「おお、史進ではないか。見違えたぞ」
「こちらは、わたしが棒術を教わっていた先生です」と魯達に紹介します。
李忠は渾名を「打虎将」といい、丸薬売りをなりわいとしている武術家だったのです。
「よし、お前の先生も交えて、これから義兄弟の盃を酌み交わそうではないか」と、魯達も馴れ馴れしく李忠の背中をどんどん叩きます。
「提轄さま、わたしはまだこの丸薬を売らねばいけませんので、あとから追いかけますんで、さきに史進と始めておいてください」
「なんだ、めんどくさい先生だな。さっさと片付けて来い!」
「らんぼうな人だ」
「おい、お前ら、買うのか?買うのなら早くしろ!買わねえなら、帰れ!」
と魯達が凄むものだから、客は驚いて散ってしまいまいした。
「これでよし。さ、とっとと呑みに行こう!」
万事こんな感じの魯達でした。

酒場では、魯達のペースの早い飲みっぷりで史進も李忠も舌を巻きます。
話が途切れると、女の咽び泣く声が聞こえてきて、湿っぽいことが大嫌いな魯達を怒らせます。
「おい、店主!女が泣いているようだが、酒がまずくなる、なんとかしろ」
「流しの歌い女とその父親ですが、身の上があまりにも辛いので泣いておるのです。どうかお許しを」
「なんだ、まあよい、そんなら、その親子をここへ連れてこい。話を聞いてやる」
魯達は、弱い者が泣かされる話をゴマンと聞いていて、日頃から不満に思っていたのです。
女は若く、純な魯達がひるむほどの美女でした。
「申し訳ございませんでした」
と泪ながらに詫びる女はそのわけを少しずつ少しずつ話し出しました。
女は金翠蓮(きんすいれん)といい、もとは東亰(とうけい)開封府(宋の首府・皇居)に住んでいましたが、渭州に先祖の残した家屋敷があったので、そこに住まうために戻ってきました。
しかしこのころの渭州には鎮関西(肉屋の鄭旦那)というやくざ者が幅を利かせ役人を買収し、弱い者をいじめていたのです。
鎮は金親子の家屋敷を乗っ取ろうと考え、気丈な金睡蓮が抵抗するので、家に火を放ち、焼き討ちします。
全財産を失わせた鎮の目的は金睡蓮だったのです。
彼女を手篭めにして、遊郭に高額で売り飛ばす魂胆でした。
金翠蓮の母は苦悩のうちに没し、父と娘は路頭に迷いますが、老いた父を助けたくば、翠蓮が身を売らねばならないという崖っぷちで、さらにいわれのない借金まで背負わされていたのです。
その借金を返すのに、翠蓮は父の胡弓に合わせて酒場で歌うのでした。
魯達はすべてを聞いて、
「よし、おれが鎮関西を懲らしめてやる」
と九紋龍史進が止めるのも聞かず酒場を飛び出そうとします。
なんとかその場を収めた史進たちでしたが、この父子を助けようとする気持は一緒でした。
魯達は策を講じます。
まず、上司の経略府長官に事の次第を話し、鎮関西を取り締まるよう要請しますが、長官も賂を受けているのか歯切れが悪い。
鎮関西は官憲に深く根回しをしていると感じた魯達は経略府を捨てます。
そして、九紋龍史進と打虎将李忠に金父子を託して、できるだけ遠くに二人を逃がせと指示し路銀を渡し、魯達が鎮関西の追っ手が出る時間を稼ぐという作戦でした。

まず、金翠蓮が言っていた鄭の肉屋を訪れます。
ここが鎮関西の居場所だと聞いていたからです。
ところが鄭が鎮関西を名乗る同一人物だとわかった魯達は、鄭に豚肉の細切れ十斤を注文します。
ついで、豚の脂身ばかりさいの目切りにして十斤を注文し…無理難題を鄭にふっかけるんです。
頭にきた鄭は魯達に牛刀で飛びかかります。
鄭も巨漢で、力自慢の男ですから、魯達も簡単にはやっつけられません。
しかし、魯達の拳は鄭の顔面を捕らえ、「これは金翠蓮の、これは翠蓮の父親の、これはお前にいじめられた人々の拳だ」と思い切り三発を御見舞し、鄭は頭を砕かれて、屠殺された豚のようにのされました。
「おい、起きろ。なんだ気を失っちまいやがった。口ほどにもないいやつめ」
魯達は、死んだ鄭(鎮関西)に驚いて、その場を足早に去ります。
その日のうちに経略府の寮を出た魯達はお尋ね者になりました。
数日後には、彼の人相書きが巷に張り出され、懸賞金は一千貫と記されていました。

一月半も放浪の旅の空にあった魯達。
東亰にはまだ遠いある町で、自分の人相書きに群がる人々を観ます。
「けっ、似てねぇな。まだ懸賞金は一千貫のままかよ。ケチだね」
と、独り言を言っている魯達。
その袖を引く者がありました。
「恩人様…こちらへ」
「なんだなんだ。誰だ、お前は」
路地裏に連れ込まれた魯達は、懐かしい顔に顔をほころばせます。
「おう、金翠蓮の…」
そう、金翠蓮の父親でした。
「あんな場所で、どうどうと立っていらしたら、つかまっちまいます」
「おまえは、娘と東亰に行ったのではなかったのか?」
「話せば長くなりますが、この地で、翠蓮が良い旦那様に見初められ、私達父娘に良い暮らしを約束して下すったのです」
「そりゃあよかった。ははは」
翠蓮はどうも人妻になったようで、魯達は少しがっかりしました。
「とにかく、お屋敷にいらしてください。ご恩返しをしないと娘にも旦那様にも叱られます」
というので、魯達はその屋敷に向かいます。
屋敷で翠蓮と再開した魯達は、翠蓮夫婦に最大級のもてなしを受けます。
翠蓮の夫は、この地の名士、趙(ちょう)の旦那と呼ばれる男で、信仰厚く、五台山に寄進をたくさんしているそうな。
趙の考えで、魯達に出家得度を勧めます。
お尋ね者が助かる道はそれしかない。
幸い、五台山には趙の懇意にしている高僧がいるので、お願いしてくれる。
魯達は仕方なく、頭を丸める覚悟をします。
「魯達」はその日を境に死んだのです。
代わりに「魯智深」が生まれたのです。
もう、俗世から追われることはなくなりました。が…
酒好き、粗暴の魯智深が禅僧の生活に我慢できるはずもなく…
五戒を簡単に破って、最後は寺を壊し、多数のけが人まで出す始末に、理解ある智真長老も愛想を尽かして彼を破門するのでした。
ドラマでは長老が魯智深に餞(はなむけ)として禅杖(ぜんじょう)を鍛冶屋に作らせて与えるように描かれていました。
そして長老こそが、禅杖の巧みな使い手で、禁軍師範の豹子頭林冲や河北の玉麒麟も教えた師匠であることになっています。
長老が魯智深に理解があったのは、長老が若い頃、魯智深のようだったからでした。

原作では破門された魯智深が一人山から降りて、街の鍛冶屋に錫杖(または禅杖)を鉄百斤で作れと命じ、鍛冶屋はそんな重い錫杖など持てないと断ります。
「関羽でさえ八十二斤の偃月刀(えんげつとう)だったんだぜ」と鍛冶屋は魯智深をたしなめます。
また、別の本では、店に手頃な錫杖がなかったので、その鍛冶屋の看板に六十二斤の錫杖が飾ってあるのを魯智深が取り上げ振り回し「うん、これでいい。おやじ、これをくれ」と言って買い求めたとあります。

とにかく花和尚魯智深は痛快無比な好漢なんですよ。
彼がいなけりゃ、のちの豹子頭林冲もどうなっていたか…

あたし、こういう男、好きです。