あたしは仕事で作文をしなければならないことがあります。

「知財部」主任のパートタイマー「後藤尚子」は会社の特許出願や補助金申請およびその実施報告書を上げなければなりません。
その他、製品不具合の詫び状、海外引き合いのメールやり取りなどが業務として課されています。
つまりこの小さな会社には文章を書く人がいない。

特許出願は最終的には弁理士に渡して推敲してもらいますけれども、ほぼ完成していないと推敲すらしてもらえません。
ひどいときには、間違ったまま出願されてしまいます。
発明をすると、それを特許してもらうために出願書類に仕上げることになります。
図面をつけて、発明の概要を語り、その効果を謳い、いかなる発明の組み合わせで成り立って、その特許範囲はどこまでなのかを具体的に請求します。
この請求を「クレーム」と言うのですが、世間一般の「クレーム」とは意味が異なりますね。
明細書には「請求項」としていくつかの発明に分割して、請求の範囲を明確にします。
請求項の組み合わさったものが「発明」なのですよ。

そこで発明の詳細な説明を審査官および、公開後の世間一般にわかりやすいように説明する必要があり、出願書類に説明を書かねばならない。
ここが作文になるんです。
現場では発明したといっても、その優位性をしらみつぶしに実施したわけではない。
もしかしたらとんでもない穴があるかもしれない。
けれど、それを調べている暇も金もない。
ところが特許を得るには時間が勝負で、他社が同じような発明を先に出願したら万事休すだ。
だから、作文でいいからまことしやかにやってない実験などを盛り込んで体裁を整え、自分の発明がいかに新規性に富んでいて、従来技術より高い進歩性があると言葉を飾るんです。
「嘘から出た真(まこと)」ということを期待して…

この作文は、いわばサイエンスフィクション(SF)なんですよ。
ただ娯楽性はない。
仕事です。あくまでも。
今まで得られている実験結果、他社の例、科学的洞察を動員して、ひとつのまとまったお話を作り上げるのです。
ちゃんとした実験をやって裏が取れておれば作文の余地などないのですがね。
あたしが発明したわけでもなく、社長なり、開発の人が考えたシロモノですからね。
まあ、どこの社の知財部門もやっていることです(失礼)。
「嘘」ではなく「推定」なんです。
わらっちゃうでしょう?

補助金申請なんかもそう。
申請書は、まあええことばっかり書きますよ。
オーディションとかエントリーシートの企業版ですから。
面接もあります。
就活の面接よりも厳しいですよ。ある意味。
会社の優位性とか、開発力とか、補助をいただく今回のプロジェクトがいかにニーズがあるかということをあたしがシナリオを書くわけ。
「嘘八百」ですが、嘘に思えないように書くのです。
これで何件か補助金をいただいている。
補助金をもらえば、もらったで実績を報告しなければならない。
こんどは発注書とか納品書、成果物、支払い明細などの提出も求められ、嘘に磨きがかかります。
えらいことでヤブヘビにならないように、科目を付け替えたり、日付のおなじ領収書をまとめて一部流用したりするんです。
機械屋は部品の発注でも、品名をあいまいな「ブラケット」とか「ねじ」とかしか書かず、品番で注文するので審査する者にはわかりづらいという利点があるの。
金額さえ合っていればスルーすることが多く、現に今まで咎められたことがない。

で、「この補助金をいただいたおかげで、このような試作品ができ、テストをしてもらって好評を得ました」なんてことをいけしゃあしゃあと書くわけ。

あたしがエロ小説で文章修行をしているのは、こういう仕事のためなんですよ。
破綻、無きよう…
その精神で、エロで文章を編み、嘘から真をひねり出す努力をしておるのです。
村上春樹のような偉大な小説家に、あたしだってなりたいわ。
デビュー作が補助金の報告書なんて、笑えないわ。
でも信じてもらえたのか、会社の口座に府や国からお金がちゃんと振り込まれているようで、社長はだからあたしを薄給で、ひざ元に置いときたいようなのね。

この国の産業振興は、どっかおかしい。
あたしが言うのもなんだけど。