「サイエンスコミュニケーター(SC)」という仕事があるらしい。
文系と理系をつなぐ仕事をする人たちだ。
あたしは常々、みんなが「科学者」になるべきだと説いてきました。
だいたい文系・理系と分けることが学問を狭いものにしていると思うんです。
そういった垣根を取り払い…といっても根強い「文理の分離」はそう簡単に融和しない。
そこで「サイエンスコミュニケーター」が橋渡しをするんだって。

科学博物館なんかで学芸員さんなんかがSCをやっていらっしゃる。
「でんじろう」先生なんかがSCのさきがけかもしれない。

あたしも地元の塾の手伝いをしながら、SCみたいなことをやっています。
べつにSCを気取っているわけではなく、子供らの質問に答えるとき、元来理系ですから卑近な例を持ち出してなんとかわかりやすくと思いながら資料もつくったりして説明するんです。

「街角の科学者」って言うんでしょうか。
口幅ったいんですけど、科学的に物を見る目を養うように努めています。
「科学とは疑うこと」をモットーに、子供らに説いています。
「疑問に思わず信じ込む」ことが、いかに「ヤバイ」かを彼らに知ってほしいから。

こないだ「母乳で子育てするのが正しい」という医師や看護師の言葉を「鵜呑み」にして、母乳の出にくい体質の母親が乳飲み子に与える母乳を手に入れようと、不衛生なヤミの母乳に手を出して子供に与えていた話がありました。
市販の粉ミルクでまったく問題ないのにですよ。
動物園でもやっていることです。
哺乳類はそんなにヤワじゃない。
また、乳児の離乳食にハチミツを混ぜて与えて、食中毒させて死亡させた事例もありました。
ハチミツはハチが花の蜜を食べて酵素とまぜて胎内で転化糖にして吐き出したものですから、汚いに決まってます。
いずれも科学的にものを見ずに、人の言うことを妄信した結果です。
彼女らは情報があふれている現在において、漂流者だったのです。
自分で正しく判断できればこんな悲しい結果を招くことはなかったはずです。

男はいらない(セックスは不潔だ)から子供だけほしいという女性が「精子バンク」と称するあやしげなサイトにアクセスして、知らない男から注射器に入った精液をもらい受けて自分で体内に入れて受精を期するという事例がありました。
やってみたがどうも妊娠しない。
何度も彼から精液をもらいうけて「注入」するんだけどダメなのね。
おかしいと思わないといけない。
そして、あげく、その男性は「それじゃあセックスするしかない」と言葉巧みに誘ってホテルでいたしたところ、目出度く「彼」の子を孕んだそうだ。
おかしいでしょう?
男は、もしかしたらセックスでナマで出したいという願望で芝居をしていたのかもしれないじゃない。
偽の精液を注射器に入れて彼女に何度も失敗させ、心理的に追い込む。
そして助けるようなふりをして「合意」を得てセックスする。
馬鹿な女もいたもんだと、あたしはあきれた。
これも科学的な判断が全くできていない証拠です。
もともと、射精後の精子は数時間は結構な割合で生きているという情報があるから騙される。
あれは女性の胎内条件での話。
体外に出された精液はそんなに生きちゃいませんぜ。
常温で注射器の中で保存された精液なんかもはや排泄物にすぎないし、性病のリスクが高まるだけ。

SCがいちいちそんなアドバイスするのもばかばかしいけれど、みんなが一定レベルの科学者だったらこんな悲劇は起こるまい。

科学者はそんなに特殊な技能をもっているわけではないのですよ。
たとえば、ここに長さの不明な鉛筆があるとしましょう。
そして直定規が一本あります。
鉛筆の長さを測ってくださいと、あたしが命じます。
たいていの人は鉛筆のお尻に定規の端(ゼロの目盛のところ)を当てて、たとえば「5.2cmでした」と測るんでしょう?
あたしは「科学は疑うこと」だと言いました。
「その目盛は正しいと思う?ほんとうに等間隔に目盛ってあるのかな?」
さあ、あなたならどうします?
もっと精密な定規を買いに文房具店に行きますか?
それもいいでしょう。
JIS規格のマークのある定規を用いれば一定の精度が保証されます。
そんなことができないあなたは、できる限り、与えられた定規で客観的に「精度が出る」測り方をしなければなりません。
どうしますか?
「何度も測定して、平均値を出します」
いい答えだ。
でも、何度もって言ったって、時間も労力も限られていますから、何回くらい?
「五回」
いいですよ。ふつう、最低三回というのが科学の常識ですがそれより多いから良しとしましょう。
その人は定規のゼロに鉛筆を五回当てて測りました。
あたしは「そのやり方はあまり感心しないな」と言いました。
「なんで?」
「同じ目盛の場所をつかっているからよ。だって目盛は等間隔かどうかの疑問は解けていないのよ」
そうです。
定規の使う場所を五回なら五回とも変えるんです。
面倒ですよ。
いちいち引き算して寸法を出さないといけないから。
それでも機種誤差(定規固有の誤差)を最小限にするには、こうするのが一番なのよ。

科学者はこうやって数値に「客観性」を持たせます。
このほうが精度が高いかどうかはわかりません。
けれども、この定規の精度を保証することにはなるんです。

一見、回りくどく、無駄な努力のようですが、寸法ひとつ測定するにも「客観性」や「説得力」を持たせねば科学的とは言えないのです。
疑問をさしはさむ余地をなるべく少なくすることが大切なんですよ。

客観性を持たせる方法につぎのような例があります。
パンをつくるのにイースト菌を使いますが、パン種の寝かせ方やイーストフードの使い方でパンの膨らみ方、気泡の大小が異なりますね。
このような複雑系では、寝かせる温度条件や、生地の捏ね方、イーストフードの多少、どの因子が効いているのかわかりません。
何かを一定にして、ある部分だけ変えるとその因子が浮かび上がるでしょう。
そういう比較のために、何もしないパン種を同量用意し、一緒に焼きます。
料理教室でこんなことをしているところはないでしょうね。
無駄になるからです。
でも科学では決して無駄ではなく、「疑いをさしはさむ余地を与えない」ためのたいへん重要な作業です。
「ブランク」とか「盲検(もうけん)」と言います。
比較対象のために何もしない実験材料を用意して実験操作だけを同じようにするんです。
ブランクをしなかった実験結果は客観性に乏しいとされ、実験のやり直しを命じられるほどです。
もし論文を書くような実験なら、その論文は受理されません。

科学者の態度とはこういうものです。
「だまされる」前に「疑え」というのは、生きていくうえで相当な防御になります。
そして正しい道を選択する糧になるのです。

「エビオスを飲んだら精液がドバドバ」だとか「シトルリンでペニスが大きくなった」とか「酒飲みにはシジミエキス」だとか、みんな疑ってみなさいよ。
科学的に問題ありのネタばっかりですから。