フランクリン・ルーズベルト(第32代アメリカ大統領)は日本に関係の深い人です。
いまさらですけど。
ドナルド・トランプ現アメリカ大統領を評価する場合、この人と対比するとアメリカらしさが際立つと思います。

フランクリン・ルーズベルトは、「テディベア」のセオドア・ルーズベルト(第26代大統領)の遠縁にあたる人物です。
そんなことよりも、フランクリンは対日姿勢の根底に、われら日本民族が彼ら白人よりも「かなり劣った」人種だと信じていたことが問題なんですよ。
これは、セオドア・ルーズベルトだってそう思ってたから、あの一族の血なんでしょうかね。

人種的には近いモンゴロイド系のなかでも「日本人」は特に遅れているという根拠のない偏見を持っていました。
実は、フランクリンの母方が中国で財を成した家柄だとかで、蒋介石に与(くみ)し、蒋介石を攻撃する日本帝国を許さないという固執がここに生まれます。

太平洋戦争から原爆投下まで一貫して、ルーズベルトの計画通りだったのかもしれないとは、うがちすぎかもしれないが、さもありなんとも思う私たちです。

「黄色いサル」に原爆実験をしてやろうと、ナチスよりも冷徹にそう思ったのでしょう。
ヒトラーの選民思想には、日本人とユダヤ人の抹殺があったといいますから、日本もとんでもない国と「同盟」を結んだものです。
山本五十六や米内光政らが「日独伊三国同盟」に反対していたのはそういうことを感じ取っていたからでしょう。
もっと戦争が続いていたら、日本人はナチスに虐殺されていたかもしれません。
それほど、アングロサクソン系の他人種に対する卑下はすさまじいものだった。

極東で力を持ち始め、アメリカに歯向かう、この小さな島国の人間をフランクリンは恐れたのです。
セオドア・ルーズベルトの時代に、日本は日清・日露戦争に勝ち、その軍事力、外交力にアメリカ政府は震撼したのです。

ハリー・トルーマン大統領(33代)が日本への原爆投下の指図をした大統領として悪名高いのですが、マンハッタン計画自体は、太平洋戦争勃発以前にフランクリン・ルーズベルトによって立ち上がっていました。
それも具体的に、「投下先は日本」を想定してたらしい。
トルーマン副大統領は、急逝したフランクリン・ルーズベルトの後を襲い、彼の遺志を忠実に、ためらいなく引き継いだけなのです。
もちろん、あたしはトルーマンの肩を持つ気持ちはさらさらないけれど。

フランクリン・ルーズベルトは解説本には「ケインジアン」で「ニューディール政策」を推進し、貧困対策に積極的に政策を投入したと評されます。
また親中国(蒋介石政府)であり、軍事介入して日本の大陸進出に歯止めをかけようとしました。
日中戦争は、太平洋戦争より先にアメリカと日本が中華民国を介して戦ったのです。
ゆえに太平洋戦争の「奇襲」はフランクリン・ルーズベルトにとって予測可能だった。
だったら、対日開戦に消極的な米国民の世論を味方につけたいフランクリンが採った方法は「日本に先に手を出させる」ことだったと思います。
「真珠湾奇襲」は彼にとってシナリオ通りだったのだと、今でも「陰謀説」がまことしやかに語られるのは、中(あた)らずといえども遠からずだったのではないでしょうか?
かれの腹心コーデル・ハル国務長官の覚書にもそれを匂わせるものがあります。

対日開戦が成ったのち、ただちにアメリカ政府は日系人の囲い込みを強行します。
虐殺まではいかなかったにしても、強制収容し、財産を没収し、非人間的扱いをしたのです。
「日本人はアメリカ人より愚劣である」というフランクリン・ルーズベルトの私的感情だけで行われました。

トランプ大統領に似ている点も数々あります。
三権分立を軽視し、大統領権限で自分の政策に異議を唱える最高裁判事を更迭しようとしたり、黒人の民権運動を妨害したり、「モンロー主義」という保護主義に走り、白人貧困層を政治利用したりと挙げればきりがない。


フランクリン・ルーズベルトが大統領の時代、アメリカ海兵隊は大きく変化しました。
専門の戦略戦闘集団として、中米のあらゆる紛争地域に介入したのです。
そして「世界の警察」と異名を得る米軍の端緒が彼の時代に起こったのです。
第一次世界大戦後の世界の秩序は一応、戦勝国によって保たれました。
国際連盟の立ち上げも軌道に乗りましたが、アメリカは戦争に介入しないという姿勢で国内世論を味方につけていたのです。
よって、国際連盟の旗振り役だったのにもかかわらず、国内世論の反対でアメリカは常任理事国になれなかった。
ところが、ドイツにナチスが興り、対英戦争が勃発し、チャーチル首相は同盟国アメリカに「一緒に戦ってくれ」と申し入れます。
また、中華民国からは「日本から圧迫を受けている、助けてほしい」と矢継ぎ早に、アメリカ政府に打診があります。
フランクリン・ルーズベルトは選挙戦では「戦争はしない」と明言して当選したのにもかかわらず、欧州や極東の新興勢力に対峙する戦力としてアメリカの軍事力が必要とされていると説き始めます。
「世界秩序をアメリカが守らねば、結局はアメリカの不利益になる」と訴えて、米議会を納得させるんですね。
こうして「世界の警察」としてアメリカ軍、なかんずく米海兵隊は「紛争解決屋」として世界中の紛争地域に派遣されることになりました。
第二次世界大戦と太平洋戦争にアメリカが深く関与するのはこういう背景があったのでした。
ことに「枢軸国(日独伊三国同盟国)」との戦いとして、敵を明確にし、アメリカ国民の気持ちを戦時体制に持って行けたのはフランクリン・ルーズベルトの巧みな手腕でしょう。
(いわゆるルーズベルト大統領のシカゴでの「隔離演説」です)

「隔離演説」の中には、トランプ大統領が最近、シリアに「義憤」によるトマホークミサイル攻撃を行ったときの声明に似たものがあります。
「宣戦の布告も警告も、また正当な理由もなく婦女子をふくむ一般市民が、空中からの爆弾によって仮借なく殺戮されている戦慄すべき状態が現出している。このような好戦的傾向が漸次他国に蔓延するおそれがある。彼ら平和を愛好する国民の共同行動によって隔離されるべきである」(Wikipediaより)
どうです?トランプ大統領も似たようなことを言うてましたね。

フランクリン・ルーズベルトは手段を選ばない外交をしました。
たとえば、フランスのナチス傀儡政権である「ヴィシー政権」の司令官ダルランと密約し、停戦協定を結んだりしたことです。
これでは、ナチスと手を結んだと取られても仕方がない。
もうひとつ、ヨシフ・スターリンと表面上は懇意にしていた。
ヤルタ会談がそうです。
ソ連は日本に参戦していなかったのにもかかわらず、フランクリン・ルーズベルトはスターリンに「北方四島と樺太をやるから、ドイツが降伏した後に日本を攻撃して揺さぶってほしい」と言ったのですよ。

日本はまんまとやられました。
もちろん、挑発に乗ってアメリカと交戦したのですから、日本はとやかく言えないのです。

だから、戦争はしたらあかんのです。
「勝てばいいじゃないか」と思うのは浅はかです。
これからの戦争は「勝ったかどうかわからん」戦争になるからです。
戦後処理の困難さは、自明でしょう。

大戦後、世界は平和になりましたか?
朝鮮戦争が起き、ベトナムが焼かれ、東西冷戦という世界を二分する膠着を産み、中東はいまだに戦火に見舞われている。

抑止力として軍事力が必要なのは、相手のある事だから仕方ないにしても、使っちゃいけない。
いくら北朝鮮が理不尽でも、刺激して核が使われたりしたら、「近すぎる」日本はどうしようもないのです。