緑陰に身を伏せて、あたしは耕三と対面の尾根の斜面を注視した。
「あそこよ」
黒い生き物の影が樹林帯にうろついている。
「鹿だ」
あたしは村田銃を構え、槓捍(ボルトハンドル)を引いて薬室を開き、十一粍村田有縁実包と書かれた箱から弾を一発取り出し、薬室に差し込んで、槓捍を起こし遊底を閉じた。

あたしは膝を立てて座位で銃を構え、銃床を肩に食い込ませ、照尺と照星の先に鹿を捉える。
鹿は樹皮に背中をこすりつけるのに夢中のようだった。
あたしは、善さんから銃の扱いを習って、数回、撃たせてもらったことがあった。
息を吸い込み、止めた。
引き金を静かに引く。
ズガァアアン!
耳をつんざく銃声が轟き、木霊した。
銃弾は鹿のそばの木に当たったようで、鹿は脱兎のごとく逃げ去ってしまった。
耕三は度肝を抜かれて、耳を両手でふさいでいた。

「逃げられた」
「残念だね。でもすごいや。なおぼんは鉄砲も撃てるんだね」
「先達の足元にも及ばないよ。付け焼刃はだめだわ。あんた撃ってみ」
銃を耕三に渡した。
耕三は目を丸くして、
「できないよ」
「兵隊にとられたら、いやでも撃たないといけないよ」
「わかった。やってみる」
「もう鹿はいないと思うけど、あの木を狙ってみな」
おずおずと、耕三は銃を構え、槓捍を握って引くと、薬室が開き遊底が動いて真鍮の薬莢が飛び出した。
あたしがやったように、弾を込めて、再び薬室を閉じて座位で木を狙う。
あたしは、銃床を肩にちゃんと充てるように指導した。
そうしないと、衝撃で肩を外すことがあると善さんに聞かされていたからだ。
射撃はたいてい「構え」で決まるとも言われた。
なんでも「型」が大切なのだと。
ドァアアアン!
衝撃で耕三が後ろにひっくり返ってしまった。
そうとう、あわてている。
「大丈夫?ぜんぜん、あさっての方向に弾が飛んでったみたいだけど、まあ、そういうふうに撃つのよ」
あたしは、銃を取り上げると、帰る支度をした。
弾を無駄にできないので、この辺で「火遊び」を終わりにした。