大岡信の詩で「水の生理」という、たいそう長い詩がある。
水の物語である。
しかし私たちの体を作るのもその水であるという帰結。
大海の水は、生命の水であるという壮大な叙事詩。

少し引こう。
ラストの部分だ。

わたしたちのからだは
地表の水分が蒸発して雲になり
海となってふたたび帰ってくるように
排泄と新陳代謝をくりかえす
わたしたちの体内には
微粒子の観念がマリン・スノウさながらに漂い
その沈黙した堆積は
時に海底油田となって噴出する

しかし
海が産出(うんだ)すもっとも美しいものが
貝の肉のひきつれた苦悩の結晶 真珠であるように
わたしたちが産出すもっとも美しい真珠は
まつげのあいだで結晶する
やや塩からい
しずくである


(引用終わり)

「マリン・スノウ」となって堆積して、噴出するものは精液ではないだろうか?
貝の肉の中ではぐぐまれる真珠は新たな生命にも似ている。

女は愛され、男に射精されたときに、一滴の涙を生むものだから。

※参考文献「自選 大岡信詩集」岩波文庫