今から二十年も前の映画『コンタクト』を観ました。
カール・セーガン博士の原作小説をロバート・ゼメキスの監督作品で映像化されたのでした。
あたしの好きなジョディ・フォスター主演ということで、また、科学と宗教の接点を突き詰める佳作ということからも興味深く拝見しました。

冒頭、八歳の少女が「CQ CQ」とアマチュア無線で呼びかけるシーンがあります。
そして応答がある。
彼女は、遠くの見知らぬ土地の人と交信する神秘にとりつかれていた。
父子家庭だった、父の影響だった。
そしてその思いを遥か遠い宇宙のかなたに馳せるのです。

カール・セーガン博士は、地球外生命、ことに知性体の存在を強く信じていました。
この広い宇宙空間(スペース)に人類だけしか存在しないのなら「スペースがもったいない」と。
彼らの存在確率は高くはないが、決して0ではない。
あたしも常々そう思ってきました。
その証拠が「あたしたち」だから。
あたしたち人類は、ここに実在している。
それは宇宙の一部であることは疑いえないのです。

アマチュア無線家の少女エリーは父から「スペースがもったいない」と教えられ、広大な宇宙空間に目を向け始めるのです。
後の宇宙科学者アロウェイ博士(愛称エリー)の幼いころの姿でした。

アロウェイ博士はSETI(Search for Extra-Terrestrial Intelligence)計画に参加しアレシボ天文台で宇宙からの電波を受信し、生命体からの発信を探します。
しかし、ことは雲をつかむような話です。
このようなモチーフは「バトルシップ」という映画でも使われました。

アメリカ政府も科学予算をそうそうSETIにかけられない。
かなり頑固者のアロウェイ博士は上司の天文学者で政府にも顔の利くドラムリン博士に煙たがられていて、次第に、研究できなくなるように仕向けられる。
そこに、神学者崩れの青年パーマーが近づいてくる。
彼はエリー(アロウェイ博士)の情熱に惹かれ、またエリーもパーマーに父の影を見る。
エリーの父は彼女が九歳のとき、心臓発作で急死するの。
彼女がせめて「一階に薬を置いておけば間に合ったのに」と悔やんだけれど後の祭りだった。
ところが、パーマーはエリーに、ピロートークの中で「スペースがもったいない」と父と同じ言葉を吐いた。
初対面でパーマーと寝てしまうエリーの奔放さにも好感が持てた。

資金を切られ官費で研究を続けられなくなったエリーとその仲間たちは、資金を得るために私企業にパトロンになってもらうようにプレゼン行脚をするの。
最後の最後でハデンという大富豪で大企業を擁する男が資金援助を申し出る。
これでエリーらの宇宙からのメッセージを捉える「パッシヴSETI」の事業は続けられたの。
しかし四年も成果は鳴かず飛ばずで、しまいに期限を待たずにまたまた中止の命令が下る。
一方でパーマーは政府、クリントン大統領の宗教顧問を務めていた。
ついに、エリーはニューメキシコの電波望遠鏡群で宇宙からのメッセージとおぼしき信号を傍受する。
それは素数の数列を表現しており、文明の存在を示唆していた。
※NASAもボイジャー計画で素数列を表現した銘板を人工衛星に載せて宇宙に放っている。

この背景ノイズを解析するとヒトラーのベルリンオリンピック開会の宣言の映像が隠されていた。
つまり、戦時中の映像が戦後、テレビ電波に乗せて放映された電波がはるか「こと座」α星「ベガ」の星域に届き、これをキャッチした地球外生命体がメッセージとともに地球に返して来たと思われるのだった。
26光年の旅路で往復50光年以上はかかる距離にベガ星系はあるのよ。

そしてさらに驚くべきことに、ノイズと思われていたものはある種の膨大な文書のデータだったのだ。
それは不可解な文字や図形で埋め尽くされ、一万ページに及ぶものだった。
ハデンがそこに解読のカギを与える。
エリーは見事、解読し、その内容はワームホールを利用した星間移動装置だった。
莫大な費用が必要だが現代の人類に不可能な代物ではなかった。
アメリカ主導で、その計画が進められたのは、ドラムリン博士の口添えが大統領を動かしたのだった。
ドラムリンはエリーの手柄を横取りしたかのように見え、最初のベガへの宇宙飛行士として選ばれる。
エリーも選ばれたが、無神論者であったために委員会で不適切とされたのだった。
この作品の根底に、神と科学の思想上の争いがあるようです。
キリスト教独特のこだわりがあり、創造主を絶対的存在とする多数派と、エリーのような実証主義者は最後まで対立します。
「オッカムのカミソリ」の比喩はここで登場するのです。
※オッカムという神学者が「あることを説明するのに、たくさんの仮定を持ち出すものじゃない」と、バッサリ削ぎ落したので「かみそり」と言われている譬(たと)え。「偶然に見える事象も「神の思し召し」という仮定があれば、科学的に仮説を立てる必要もなくなる」それをエリーは「オッカムのカミソリ」のたとえで思考停止をあざ笑ったのです。

ドラムリンは決してエリーを疎ましく思っていたのではなかった。
現実派のドラムリンは夢を追いがちなエリーに上司としてつらく当たってきただけでした。
そんなことでは社会を渡れないと。
でも彼の心の中ではエリーの正しさ、一途さも理解していたのです。

ドラムリンはかくして選ばれ、宇宙船に乗り込もうとする直前に、カルト教団の男のテロに巻き込まれ、移動装置もろとも吹き飛ばされてしまいます。
この計画は神への冒涜だと、狂信的集団が阻止しようと潜り込んでいたのでした。

ドラムリンの亡き後、計画は頓挫するのです。
世界に「たった一つ」の星間移動装置は粉々に吹き飛び、飛行士も失ってしまった。

エリーも失意のうちに過ごします。
そこにハデンからのメールが…
「実は、装置はもう一つある。日本の北海道にできている」というのです。
秘密裏に同じ装置を日本の技術力でつくり上げていたのです。
この辺はゼメキス監督の日本びいきが入っているように思えます。

そして飛行士はもうエリーしかいない。
エリーは宇宙空間に旅立ちました。
ワームホールを突き抜けて、亜空間の旅路は十八時間に及んだのです。
エリーは本当にベガに到達したのでしょうか?
あとは映画をご覧ください。