映画『K-19』を観ました。
潜水艦ものは『U-ボート』、『眼下の敵』に引き続いての三作目の鑑賞になります。

冷戦時代(1961年)に、当時のソ連邦の原潜「K-19」号の実際にあった事故を再現した映画で、ハリソン・フォード主演です。
セリフはすべて英語なので、すこし違和感があります。
まあ、英語がわからん人には気にならないかもしれませんが、特にハリソン・フォードが「ロシア人艦長」役というのも違和感があるわけです。
彼が主役なんでしかたがないのですけどね。

そんなことは些末な話であり、この作品の大事な部分を損なうことはありません。
後半、もはやハリソン・フォードという男優のイメージは消え「ボストリコフ艦長」にしか見えなくなりますから。

あたしは潜水艦の物語は一種の「パニック映画」だと分類していて、この閉鎖空間に多数の人が閉じ込められているという閉塞感、そして戦争であるから「敵の攻撃の恐怖」、最後に「圧壊(水圧の恐怖)」が描かれていないと鑑賞に値しない「甘ちゃん」な作品になると思っています。

『K-19』にはもう一つの恐怖の要素が加わりました。
原子力エンジンの暴走、メルトダウンの危険です。

昨日は長崎に原爆が落とされて72年目の夏を迎えました。
被爆者に安倍首相に「あなたはどこの国総理ですか?」と言わしめた、国連の核兵器禁止条約への批准を見送った日本政府の態度。

その節目の日に、この映画を観る価値はあります。

被曝の恐ろしさをなかなか表現しづらいものですが、『はだしのゲン』や『朽ちていった命 - 被曝治療83日間の記録』(東海村JCO臨界事故のルポ)、チェルノブイリ原発事故の報告などを見ればある程度真実に迫ることができます。
そしてこの『K-19』もそうです。
戦闘場面はありません。
冷戦時代のソ連の隠密行動の最中に起こった不幸な事故なんです。

まだまだ原子力エンジンについて未知の部分が多く、半ば突貫工事で作られた原潜の公試運転でした。
そこに新たな艦長(ボストリコフ)が、これまでの艦長ポレーニンの上に赴任してきます。
ポレーニンは副長にされてしまうのです。
共産党中央の差し金でボストリコフがK-19の艦長に就任するんですが、これまで家族のように任務に当たってきた乗組員との間には亀裂が生じます。
また、初めての原潜ということで専門の若い技術士官も数名、ボストリコフが連れてきます。
公試航海ですから、ボストリコフ艦長はK-19をぎりぎりの条件まで追い込みます。
300メートルの「圧壊(あっかい)限界深度」までダイブさせたり、氷原を突き破って浮上させたり、艦内は極限状態に置かれ、水兵たちを恐怖に陥れる。
ついには核弾頭ミサイルの試射をやり遂げ、モスクワから賛辞を受けます。
それをやり遂げた乗組員らには自信がみなぎり、ボストリコフ艦長への信頼へと変わっていくのでした。

ボストリコフは軍人として、党に従い、西側諸国に真っ向から挑む強固な姿勢の持ち主です。
ポレーニンなどの旧来の指揮官たちは、ボストリコフの頑迷な態度、兵を危険にさらすことをいとわない態度に批判的でした。
北海での公試運転を終えたK-19は、アメリカ西海岸、ヤンマイエン島付近に隠密行動に向かいます。
ころは、キューバ危機が起こる直前の一触即発の世界情勢だった。

平穏な航海を続けるK-19だが、原子力エンジンの冷却水パイプに亀裂が入り、冷却水漏れを起こします。
炉はどんどん温度が上昇し、このまま温度が上がり続ければメルトダウンの危険があります。
若い技術士官もどうしていいかわからない。
艦内は騒然とし、艦長でさえ焦りを禁じ得ない。
K-19はソ連の誇る最新鋭の潜水艦であり、この国の秘密が満載されている。
うかつに、アメリカに知られたり、助けを求めるなんてことは論外だった。
しかし、被曝を甘く見ている艦長以下は、危険区域に入って、バラスト水の真水を冷却設備に導く溶接工事を企てるのです。
危険区域に入れば、どんな惨事になるか、しかし誰かがやらねばならない。
まず若い技師たちが手を挙げます。
作業時間は一人十分以内と決め、防護服を着て作業する…
が、しかし、艦長と機関長が放射能防護服を用意していないことに気づきます。
あるのは防毒マスク付きの割烹着のようなそまつな防護服でした。
「これで放射能が防げると嘘をつけ」と艦長はやむなく命じます。
軍医もしぶしぶ承諾するのでした。

溶接作業は進みますが、十分でも被曝はそうとうなもので、帰ってきた技師はみな赤くただれ、消化器をやられているのか、激しく吐瀉します。
震え、目が見えなくなり、体の深部にやけどを負っているようです。
誰の目にも、被曝が激しく、恐ろしいものだ、助からないと映ったでしょう。
最後の若い技師に順番が回り、祖国に婚約者のいる彼が、無理やり防護服を着せられ「行け」と命じられるが、恐怖のあまり、しがみついて行かないのです。
もう見ていられない。
この映画の山場でもあるんですね。
代わりに、「おれが行く」とそこの先輩機関兵が危険区域に入ってしまう。
残された彼は命拾いをしたのだろうか?
「特攻隊」のような、命を賭する覚悟を見ました。
危機が迫った時、どこの国の人も同じ考えに達するのだと。
自分を犠牲にしてでも仲間や、愛する人のためにやり遂げようとするんです。
それがたとえ「蟷螂の斧」だとしても。

軍医は被爆者に嘘をつき、「お前の被曝はたいしたことはない。がんばれ、助かるぞ」なんて言うのです。
「わたしは被曝患者は専門外だ」と言って艦長に泣きつく、老いた軍医。
「専門外なら、彼は助かるかもしれんじゃないか」と言い捨てて、艦長は取り合いません。
技師たちの命を賭けた溶接作業は功を奏し、原子炉の熱は下がり始めました。
艦内はしかし、区域によってはかなり放射能が漏れていて、ガイガーカウンターで兵の一人が測定を命じられます。
艦内の食糧は被曝しているので食べることを許されず、赤ワインが放射性ストロンチウムの排出を促すとかいうので赤ワインを飲むことは許されたり。

被曝者のヤケドは治らないんですよ。
普通のヤケドはケロイドになって、治りますよね。
放射能はDNAを激しく損傷するので、新しい皮膚や組織がもはや作ることができないのです。
これが被曝の恐ろしい現実なんです。
そしてヤケドは体の深部に及びます。
多臓器不全で急性的に衰えて、激しい痛みの中で死を迎えます。
もし助かったとしても、発がんは免れないでしょう。

命を賭して、修理した部分からまた冷却水が漏れだしました。
溶接が甘かったのでしょう。
メルトダウン寸前のK-19。
またも、決死の修理作業が始まります。
犠牲者が続出で、艦内も割れます。
「もう、近くの米軍に助けを求めよう」と。
しかし、ボストリコフは許しません。
この艦を西側に渡すわけにはいかない。
それは「お前たちが捕虜になれば、ソビエト連邦の軍事機密はすべて漏れてしまう」からです。

この事故の話も、ソ連が崩壊してやっと表に出てきたものなんですよ。
だから映画にできた。

国家のために、若い命を散らせることがどこの国にもあるのだということを知ることができます。

あたしは、この映画はとても大事なことを表現していると思います。
生き残りの証言をもとに作ったノンフィクションとして、後世に残すべき映画です。

いまフクシマで起こっていることに思いを馳せましょう。
どうなっていますか?
被曝を甘く見てはいけない。
唯一の被爆国「日本」だから。