ここは夜景が美しいはずなのに、ラブホテルという建物は窓が一切ない。
もちろん「開けないでください」と書かれた扉はある。
それを開ければ街を見下ろすことはできるが…
京都の国際会議場で開かれた高圧化学学会に参加して、旧知の科学者たちと交流を温めたあと、大学院時代の男友達と再会を果たし、飲んで、食べて、このざまだ。
彼は「畑中保志(仮名)」といい、いま東北大学で研究を続けている。

「なおぼんは、子供を作らないのかい?」
あたしが結婚したことは知っているのだ。挨拶状も送っているし。
「もう四十過ぎたわ。遅かったし」
いつも結婚が遅かったことを理由にしていたが、本当は旦那の遺伝病のことがあって、子供を作らない選択をしたのだ。
「俺は、二人の子持ちだよ」
「こんなことしていてええの?奥さんに叱られるよ」
「君はどうなんだい」
「ま、ええやん。お互い」
あたしは、股間で上を向いている亀頭の張ったペニスにむしゃぶりついた。
「これ久しぶりっ」
「おいおい、激しいね。旦那さんとはご無沙汰なのかい?」
「体が不自由なのよ」
「そりゃ知らなかったな」
「あたしより年上やし、脳出血やっちゃって…あむ」
「寝たきりかい?」
「そ」
あたしは念入りにカリを舐め上げ、舌先でその溝をほじくった。
小振りというほどではないが、しゃぶりやすいペニスだった。
だから丁寧にしてあげる。
唾をいっぱい溜めて…
じゅる…
「あ、う」
保志(やすし)のふくらはぎが硬直する。逝くのだろうか?
「出しちゃう?一度」
「いいのか?」
「昔もそうやって、出してたやないの」
美しいペニスだった。
彫刻のような。

自然現象を記述する数式は「美しくなければならない」との信念から物理学者ポール・ディラックが統一理論の構築を試みたと、どこかで読んだことがあった。
あたしは行為中によくそんなことを思い出すのだ。
特に、保志との情事では…
一度、口の中に大量に放った彼は、回復まで自分の興味あることなどを話し出した。
賢者モードの彼はCERN(セルン)が発見したヒッグス粒子について語り出す。
「対称性には、回転対称性、並進対称性、ゲージ対称性があってな」
そう言いながら、保志がカバンから一冊の本を取り出した。
「標準理論ね」
「物理現象を表す統一した数式の探求が標準理論なんだよ。しかし、標準理論には重力の項がない」
額に汗を浮かせながら彼が続けた。
エアコンが効いていないのだろうか?暑い。
あたしはエアコンのリモコンを手で探りながら、彼の話を聞いている。
「ディラックが数式の上で電磁気力と核力の統一化を試みたのが最初で、彼の言う「美しさ」は「対称性」のことなんだ」
※のちに南部陽一郎博士が「自発的対称性の破れ」によって強い核力の記述で素粒子の質量がゼロになるパラドックスを回避する理論を提唱し、ノーベル物理学賞に輝くのでしたね。

「ディラックの後をオッペンハイマーが標準理論の構築を継ぐんよ。たしか」
あたしは、過去にその手の本を読んだことがあった。
「そうだ。戦争がオッペンハイマーを原子爆弾開発に向かわせ、純粋な物理学の探求は一時、忘れ去られたかにみえた…」
「でも、実は、我が国の朝永振一郎博士、まったく別にその探求をおこなっていたわ」
あたしは、仰向けに寝て、彼の股間に手を伸ばす。
「詳しいね。なおぼん。そうなんだ。皮肉にもオッペンハイマーのかかわった「マンハッタン計画」によって日本は最初の被爆国となったわけだが」
「そうね。悲しいできごとだったわ」
保志のペニスの皮を引き下げ、ぎゅっと握ってみる。
「朝永博士は戦後も研究にいそしみ、標準理論での電子の質量が発散無限大になる不都合を回避する繰り込み理論を構築していた…ああ」
だんだん硬さを増す保志。
「こ、この業績で、ファインマン博士、シュウインガー博士とともに、朝永博士は湯川博士に続く日本で二人目のノーベル物理学賞に輝いたんだ…痛いよ」
「あら、ごめんあそばせ」
元通りに、保志の分身は隆々と立ち上がった。
「ね、対称性がないってどういうことなの?」
「たとえば、君も知っているシュレディンガー方程式において左辺の時間Tの項と右辺の空間Xの項の次元が異なっていることから対称性がないと言われる。つまり観測者の視点によって記述を変えないとこの方程式は成り立たない」
「ああ確か、時空のシュレディンガー方程式で時間項は一次なのに、空間項は二次になってたわ。そんなことなの?」
「物理で「美しい」とは「対称性」があるということにほかならない。物理の対称性とは、観測者がどの点に立っても、修正なく成り立つ数式の性質をいうのさ」
「そろそろ入れたくなっちゃった」
「どうぞ」
あたしは騎乗位で彼を迎え入れた。
久しぶりのペニスの硬さを味わう。

ディラックの「統一」式によれば電子と原子核の間に働く力は電磁気力で表現でき、光子という質量を持たない粒子の存在で結びつくことになる。
電子のエネルギー準位の励起で軌道が高エネルギー側に上がり、また発光して元の軌道に戻ったりするふるまいがそうである。

それだけではない。
原子核において中性子と陽子の結びつきは「強い核力」によるものであり、それはクォークという二種類の粒子(ダウンとアップ)がもたらすものである。
しかし、これらの粒子にも質量があり、そのためには南部の唱える「自発的対称性の破れ」が必要だった。
そう考えないと、クォークやニュートリノには質量がないことになる。
※この議論の「対称性」は「ゲージ(尺度)対称性」である。ゲージ変換をともなう対称性をいう。

「自発的対称性の破れ」の説明には、削って先を尖らせた鉛筆を用意し、その鉛筆の先を下にして平らな面に垂直に立てるモデルが使われる。
南部博士のモデルだ。
この思考実験でもわかるように、まず、不可能だ。
どこからみても面に対して垂直に立てているはずの鉛筆なのに必ず倒れる。
鉛筆は自発的に倒れるものなのだ。
逆さに立てた鉛筆の対称性はこのようになんのきっかけもなく破れる。
そうしてより低い対称性のフェーズに陥る。

それでも「弱い核力」がニュートリノを核から飛び出させたりや電子に重さを与えるには「自発的対称性の破れ」の考えだけでは不十分で、このままではニュートリノや電子の重さがゼロになる矛盾を説明できない。

電子や弱い核力を与える粒子にも重さを与える「ヒッグス粒子」の存在を考える必要があると保志は説明してくれた(ワインバーグ理論)。
彼は「ヒッグス粒子はこの宇宙空間をすき間なく埋めており、電子が重さを持つのは、そのひしめく空間を電子が通過する際の通りにくさが与えている」というのだ。
あたしはヒッグス粒子に、かつての「エーテル」のような、ある種の「言いくるめ」「欺瞞性」を読み取ったが…

「でも、CERNはヒッグス粒子を発見した」と、保志が締めくくった。
あたしはひっくり返され、上から正常位で再び貫かれた。
「あはあ…」

「ヒッグス粒子は物に重さを与えている」
そう彼は、繰り返した。
「じゃ、じゃあ、ば、万有引力を与えているその根源的な理論はあるの?」
あたしは何度も逝かされながら、もうろうとした頭で、彼に問うた。
「標準理論に重力を加える統一場理論の構築が必要なのだよ。カルテクのジョン・シュワルツの超ひも理論がその端緒となるんだろう…が、ね」
必死に腰を振って、あたしの中に逝こうとしている彼。

あたしたちの奇妙なセックスはなかなか終わらなかった。