あたしが手伝っている塾の生徒で髪の毛の長い村田聡子(さとこ)さんという中学三年生がいます。
なかなか賢い子なんですが、兄妹が多いのにお父さんがいないので苦労しているみたい。

その聡子さんが、
「なおぼんせんせ、知ってる?」
「なによ?」
「頭の毛を早く乾かすヒケツ…」
「へぇ。どんなん?教えて」
彼女の説明では、頭を洗った後、バスタオルなどで水気をあらかた取ったあとに、新しい乾いたタオルを頭に被せて、その上からドライヤーをかけるのだそうだ。
そうすると、約二倍は速く乾かせるというのだった。
「さとこちゃんの髪は長いから、その方法やったら効果抜群やろ?」
「うん、お母さんにも教えてあげてん。ほんならすっごいよろこんでた」
「ほうかぁ。あたしもやってみるわ。ありがとう」
「うん、してみて」

どうやらこれは「毛管現象」と「平衡律」をうまくつかった「ヒケツ」のようだ。
コロンブスの卵で、それを思いついた人はえらい。
聡子さんも、自分が考えたのではなく、ネットで知ったらしい。

毛髪上の水分は、そのままでも空気中に蒸発する。
「風乾」とか「自然乾燥」というのはこのことである。
空気は、その飽和水蒸気圧に達するまで気体の水を含むことができる。
これは気圧と温度依存性の物理量であり、熱い乾燥空気ほど水をよく奪うのは容易に予想のつく話である。
だからドライヤーを使うのだった。

さらに、水分の蒸発の程度は表面積に比例して大きくなる。
乾いた空気にさらされる面積を稼げば乾燥は速くなるからだ。
髪の毛にしずくとなっているような水分よりも、乾いたタオルの「毛管現象」によって染みて薄く広がった水分の方が早く蒸発するはずだ。
だから、聡子さんは乾いたタオルで頭髪を覆ったのだ。

それだけでは、まだまだ頭を乾かすには十分ではない。
ここに、先ほどの乾いた熱風、つまりドライヤーの風を併用するのである。
すると、タオルから空気中にどんどん水が奪われ、タオルが乾くと、また毛管現象で毛髪から水分を奪うことになり、乾くスピードが倍化するのである。
この方式は「塩田」などでも見ることができる。
乾燥を早め、塩分が濃縮される原理もこれだ。

つまり「平衡」にある系を乾燥過剰にして傾かせるのである。
平衡系では水の気相への蒸散と原系(髪の毛)への戻りは見かけ上、止まって見え、乾きは完結しない。
「平衡」とはバランスした天秤のようなもので、ちょっとした条件の変化でどちらかに傾かせることができる。
これをもっと乾燥に傾かせるためには、気相に奪われた水が原系に容易に戻らないように工夫しなければならないのである。
これが「乾燥したタオル」であり、「ドライヤーの熱風」であった。
またこれらは「平衡」を傾かせる「角度」を急にする工夫でもある。

ここにも熱力学の「平衡」という概念が作用している。

こういった、日常の現象にも科学は潜んでいる。
それを掘り下げて、なんでそうなるのかを考察する人になってほしいと思って、あたしは塾講師を手伝っている。