ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。
淀(よど)みに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。
世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。
(中略)
朝に死に、夕べに生まるるならい、ただ水に泡にぞ似たりける。
知らず、生まれ死ぬる人、いづかたより来たりて、いづかたへか去る。
(後略)

これは鴨長明の『方丈記』の冒頭部分である。
余りにも有名な書きだしだから、そらんじている人も多かろう。

私は、まさに「うたかた」なのだ。
「うたかた」は「儚(はかな)い」もののたとえだ。
割れたと思えば、またあらたな、うたかたを生じる。

そこに一抹の真実を見いだせれば、私は本望だと思う。

うたかたには生まれるべき必然を持たない。
また、消え去るときにも、なにがしかの因果を伴うが、無意志である。

長明もそのことを暗に述べたかったのかもしれない。

水の中は心地よい。
「くらむぼんはかぷかぷわらったよ」
あぶくを吹き合う兄弟カニのように、水底から水面を見上げるのも楽しい。