羽越本線の遊佐(ゆざ)駅で特急「いなほ」を降りたのが昨年末だった。
もう街は一面の雪だった。

私は旅館「鳥海」に宿を取った。
部屋へ通された私は外套を脱ぎながら、給茶している女将に向かって、
「海はすぐ近くですか?」と訊いてみた。
すると、着物の裾を直しながら、中腰で茶を勧めつつ、
「3キロほど西に行けば、庄内砂丘ですよ」と答えた。
私は意外に思って、
「砂丘ですか?」と訊き返した。
女将は、わが意を得たりとばかりに大きくうなずきながら、
「国道七号線が沿岸を通ってましてね、バスかタクシーですぐです。夏は砂丘メロンが有名なんですけどねぇ」
と説明してくれた。
「ありがとう」
でもすぐに、
「あ、お客さん、こんな雪の中じゃ、砂丘もなにも見えませんよ。寒いだけです」
「そうでしょうね。また改めて暖かくなったら来ます」
と言っておいた。
「じゃ、ごゆっくり」
そう言って女将は下がった。

私は鞄から柏木からの年賀状を取り出した。
「鹿野沢…「かのさわ」と読むのかしら?それとも「しかのさわ」かしら?」
差出がそういう地名だった。
あとでフロントで訊いたら「かのさわ」ということがわかった。
天狗森(てんぐもり)という小山があって、どうやら西村翁という老体はそのあたりに居を構えているらしい。
「西村俊章方 柏木勝」と宛名が記されていた。

明日にでも尋ねてみよう。
その前に電話しておかないと。

なんと、間抜けなことだろう…
今の今まで、柏木のケータイ番号も、なにもかも聞き忘れていたことに気づいた。
年賀状だけが頼りだけれど、そこには電話番号など書いていない。
仕方がない…この住所地に直接、訪問するほかなかった。