ここは、私にとってザナドゥ(桃源郷)なのかもしれない。
毎朝私は、灯台のレンズを磨くために上がる。

水平線を見渡せば、地球が丸いことがよくわかる。
正直、私はここに来るまで地球が丸いことを体感したことがなかった。
本に書かれてはいても、実際に水平線が丸い(変な表現だが)ことを自身で確かめたことがなかったのだった。

「桃源郷」は「ユートピア」ではない。
中国は六朝時代の詩人、陶淵明が著した『桃花源記』にその記述があるのが最初だそうだ。
私は、灯台の書庫にあったトマス・モアの『ユートピア』を読み終え、その具体的な理想郷は、まさに人工的なもので、作り上げるものだと知る。
しかし桃源郷は違う。
心象風景のような、観念的な場所だ。
どこかにあるというものではない。
探し求めて、たどりつけるものではない。
チルチルとミチルの兄妹が探し求めた「青い鳥」は、「灯台下暗し」の例えのごとく、すぐそばに幸せはあった。
いつも何度でも』(作詞:覚和歌子、作曲:木村弓)の歌詞にもある。
追い求めていたものは、自分の心の中にあったと。

モアの「ユートピア」は、のちの社会主義思想に発展していく。
それは「桃源郷」という神仙思想ではなく、人間の社会科学における成果だった。

それでも、私は「桃源郷」を夢見る。
そこは、私を包み込んでくれる世界。
心地よい、受け身でいられる場所。
慈しみを体の中から感じさせてくれる、母のようなふるさと。

夢から覚め、灯台のレンズは朝日に輝き、私の瞳を映す。
透明な風は、ほほを撫で、潮を含んで、おくれ毛を揺らせた。

ネッタイチョウが長い尾をなびかせて、求愛の空中ダンスをしている。
Hello! goodbye.

You say yes. I say no.
You say stop and I say go go go.
Oh no.
You say goodbye and I say hello.

(by The Beatles)