はやり病(やまい)のようにサクラのつぼみが、どんどんほころび、見ている間に花は咲き乱れた。
スク水洋一、五十四歳はかなり寂しくなった頭をつるりと撫で、陽気で噴き出す汗をぬぐった。
「暑いな、こないだまでストーブに当たってたのにな」
宇治に来て間もない彼は、スマホのグーグルマップを見ながらFM-WAWABUBUのスタジオを目指していた。

四月からオンエアされる新番組「スク水洋一の舐めるように見て」のパーソナリティを受け、その打ち合わせに初めてスタジオに呼ばれたのだった。
ケチな彼はタクシーを使わない。
交通費はちゃっかりポケットに入れて貯金してしまう算段だった。

春休みなので、街には小学生や中学生がいっぱいだ。
とくに女子小学生が好きなスク水は、彼女らのすらりとしたアンバランスな肢体に見とれた。
「細っこいな。好き嫌いするんだろな。あの子はツンデレとしていいな」
時間も忘れてスク水は少女を「舐めるように」見ている。
薄毛のおっさんが、額に汗の玉を浮かべて、少女をチラ見している姿は異常だ。

「遅いわね。スク水さん」
FM-WAWABUBUの局長、横山尚子がロビーでしびれを切らしている。
そばに、新人の女子アナ「浜井鬼江」がかしこまって立っている。
「浜井さんっていったっけ?あなた、ちょっと見てきてよ」
「あ、はい。でもわたし、スク水さんを見たことないので」
「あ、そ。ハゲでデブで暑苦しい人だから、遠目でもわかるわよ」
「あの、なんでスク水さんなんですか?芸名ですか」
「スクール水着が好きなのよ。もっと詳しくいえば、スクール水着を着た少女が好きな変態さんよ」
「うわ…」
浜井は絶句した。
しばらくすると、ロビーの前の通りをきょろきょろしながらスク水洋一が、半そでポロシャツ姿で現れた。
「来たわ。来た来た」尚子がソファから立ち上がる。
硝子のドアを押し開けてスク水が入ってきた。
「いやぁ、迷っちゃって」
「どこをどう歩いたら迷うのかしらね。宇治駅から一本道でしょ?」
「宇治川の方に行っちゃって」
「馬鹿じゃないの?」尚子はにべもなく罵った。

「さて、これでそろったので会議室に行きましょう」
「本田さんは?」
「本田君は、京都サンガの応援で来られないって」
「そうなんですか。まだサッカーやってらっしゃるの?」と浜井。
「辞めたとは言ってたけどね。スク水さん、汗拭いたら?風邪ひくよ」
「へぇ」
ポロシャツが汗じみでべったりと彼の体に貼りついていた。それに甘ったるいコロンの香りが混ざる。
汗っかきの彼なりに気を遣ってのことだろうが、どうしようもなく違和感の残る香りだった。

落ち着いた雰囲気の商工会議所の第一会議室を借り切って打ち合わせを行う。
パイプ椅子に着席し、自己紹介をする。
「わたしが当FM局の局長をしております横山と申します。人によって後藤と呼ぶ人もありますが、旧姓の横山で仕事上は通しております。ではスク水さんから自己紹介などをお願いします」
「は、はい。わたくし、スク水洋一と申します。写真エッセイなどを出版して、ラジオのコメンテータなんかも仰せつかって、好き勝手なことを言ってはひんしゅくを買っている者でございます」
「あなたは、どんな写真をお撮りになるの?」
「ペンネームの通り、スクール水着を着用した女子の写真です」
「問題作ね。ワッパかけられないようにね」
「そこはちゃんと、親御さんや先生方に了解を得てやっとりまして…」
「ほんとぉ?だれがそんな許可を与えるんかねぇ。じゃ、浜井さん、次お願い」
「はい、私は浜井鬼江と申します。もちろんペンネームです。ハリーポッターのガールフレンド「ハーマイオニー」をもじったものです。ハリーポッターシリーズが大好きで、USJの年間パスで何度もハリーに会いに行ってまーす」
「あんたいくつなの?」
「三十前後」
「ぶっとんでるのね。得意なジャンルがサブカルということで、ゲーマーでもあるのね」
「そです」
「ぶっちゃけ、訊くけど、スク水さんは童貞?」
「い、いちどだけソープでやりました!」
「ははぁ。ちゃんとできた?」
「いまいち・・・早漏で、入れる前にぶっかけて、おこらりちゃった」
「おこらりちゃったじゃないよ。もう。浜井さんはバージンなの?」
「答えなきゃなんないですか?」
「いいよべつに。個人情報だしね」
「ば、ばぁじんですっ」
「よろしい」
「横山局長、いったいなんの打ち合わせなんですか?これ」
「顔合わせよ。単なる。番組が始まってから、あなたたちに任せるわ」
「いいかげんなんですね」
「万事、塞翁が馬よ。よく覚えておきなさい」
「さいおうがうま?」
「辞書引きなさい。辞書」
横山尚子は、二人を見渡して、
「四月の一日から、スク水君の番組を私とやります。そのあと、浜井さんに加わってもらいます。本田君はスポーツの枠で情報番組を持ってもらいます」
「よろしくお願いいたします」
「これ番組表。スタジオには一時間前には入ってよ。スク水君、わかってる?」
「へぇ」

尚子はしかし、スク水の好みをよく理解していた。
彼女も小学生の男子の海パン姿が好きだったからだ。
大人になる前のきゃしゃな体を包む一枚の布切れ…
良く日に焼けた肌だったり、青白い肌だったりする。
日なたの匂いのする髪を振り乱しながら、駆ける少年を尚子は飽きもせず見ていることがあった。
不幸にして母になれなかった彼女が、子供たちに郷愁を抱くのは、自身が子供の頃の甘酸っぱい思い出に浸りたいからに相違ない。

「子供は、屈託がなくっていい」
尚子は、いつもそう思って目を細めるのだった。