門真はヤクザの多い街だった。
横山尚子(なおこ)の友達にも、親がその関係の子が何人かいた。
そこは、全体に貧しい街だった。
大きな会社と言えば、松下電器と天辻鋼球ぐらいで、あとは町工場だの、飲食店だの、ごった煮のような街並みで、ミゼットしか通れないような袋小路も多かった。

中三の尚子は高校受験を控えていたが、ガリ勉せずとも成績は良かったので、地元の門真高校なら、どうにか行けるだろうと高をくくっていた。
家の経済的な事情で両親からは私立は「行かせられない」と釘をさされていたのだった。
尚子がよく診てもらう真鍋(まなべ)医院のドラ息子は同志社香里(どうししゃこうり)に通っていたが、まあ、そういう家柄だからだ。
※同志社香里とは京阪電鉄の香里園駅にある中高一貫の同志社大学付属の私立学校である。

「なおぼん、今日、ひま?」
小林美加(みか)がクラスの後ろの席から声をかけてくる。
尚子は「なおぼん」と皆から呼ばれて親しまれていた。
「なんも予定はないけど」
教科書をカバンに入れながら尚子が言う。
「将太(しょうた)の家に集まるんやけど、来ぃひん?」
朴井将太と言えば、ここ「一中」で番長を張っている、父親が小寺組の若頭という同級の少年である。
将太の家は雀荘で、その二階で生活しているが、母親はいない。
以前にはいたのだが、太一を残して逃げてしまったらしい。
将太には太一という小6の弟がいて、これがまた母親が違うのだ。
将太の母親らしき人は、将太本人もわからないという。
生死不明だということらしい。
つまり、逃げた母親というのが太一の母親で、将太が太一の母親と肉の関係を持ってしまったことが父親にバレて、母親が追い出されたのだった。
将太の話では、太一の母親が将太を誘惑したらしく、将太が童貞を奪われた格好だった。
彼は、太一の母親に手練手管を仕込まれたわけで、いっぱしの後家殺しを学区内では演じていた。

尚子が聞いたところによると、牛乳屋の未亡人の奥さんとか、美容室「エリート」のママ(これも未亡人)と将太は関係があるというのだった。

一方で、美加は、母親が御堂町でスナックをやっていて、自分も店に出るそうだ。
こんなことは児童福祉法上、許されないのだが、親の手伝いと称してお酒の相手をやっている。
尚子の目から見ても美加は、コケティッシュで、しぐさもかわいいところがあった。
そしておっぱいがけっこう大きいのだ。
去年あたりから揺れるような胸になって、成長著しかった。
「Cなのよ。ちょっとねぇ」
ついこの間も、美加が、はにかんでいるようでどこか自慢げに胸のサイズを告げたのを尚子は思い出していた。
美加は体育の時間になると男子の視線を独り占めしていた。

「わかった、三時ごろ行くわ」
「じゃあ、大三元で」
大三元とは将太の雀荘の屋号である。

ラグビー部で主将を務めていた朴井将太は中三にしてはカラが大きかった。
鼻が低く、ニキビだらけの顔はいまいちだったが、女にはマメで、早熟だった。
尚子も美加も将太に誘われて、繁華街を遊び歩くことが多かった。
いつだったか、将太の部屋で、尚子と二人きりのとき、いきなり将太に押し倒されたことがあった。
「おまえは小林より清純そうで、いいなと思ってたんや」
「な、なによ…こんなことして…」
「ええやろ?初めてか?男に抱かれるのは」
尚子の耳元で将太がささやく。
煙草臭い息が尚子の顔にかかる。
将太が普段からマイルドセブンを吸っているのを、尚子は知っていた。
学生服の将太が尚子に覆いかぶさり、ブラウスのボタンをはずそうとしている。
「やめてっ」
尚子は恐怖におののいた。
「犯される…」
とっさに尚子は、そう思った。
将太の口ぶりでは、美加もすでに将太の餌食になってしまっているらしかった。

そうして尚子は将太に処女を奪われた。
泣き泣き帰ったネオン街。
家に着いたときは、父は酒を飲んですでにひっくりかえっていたし、母は松下の内職のはんだ付けに追われていた。
「なおこ、ご飯は?」
「いらん」
「どうしたん?」
「もう寝る」
乱暴なことはされなかったが、ただ痛かった。
あんな太いものが体に入ってきたのだ。
身を引き裂かれるような痛み…
たぶん数分で、行為は終わったのだと思う。
でも尚子には何時間も「やられて」いたような感じがあった。
そして将太は「やばい」と言いながら尚子からモノを引き抜いて、強い匂いのするカルピスみたいな小便を尚子のお腹にこぼすと、彼は打って変わっておとなしくなった。
尚子は、将太に言われてそれが「精液」だと知った。
ぬるぬるするその液は拭いても乾かず、尚子はくやしくて泣けてきた。

家に戻ってからも、尚子の体中からその匂いがしているようで、母に気づかれないように着替えた。

そんなことを思い出しながら、今、尚子は自転車で大三元に向かっていた。
無理やり犯されて、尚子は将太が嫌いになったのではなかったのか?
不思議に、尚子の内心で将太の存在が大きくなっていくのである。
将太は見かけは乱暴そうだが、あの時も優しかった。
「ごめんな、汚してもうて」
そういいながら、大きな体を小さくしてチリ紙で尚子の後始末をしてくれたのである。
そのことが後になって尚子に恋心をもたげさせたのだった。
体を初めて重ねた男は、その女にとって、やはり大切なものなのだ。
そういう目で見れば将太は男らしく、頼りがいがあって、不器用だが優しさも持ち合わせていた。
「おまえのこと、好きやったから、今日はホンマにごめん」
別れ際に訥々と将太が尚子に告げた言葉に尚子は泣きながらもうなづいたのだった。

大三元のドアを押し開くと、将太と美加が店のテレビを観ていた。
雀荘の店舗には客が八人、二つの卓を囲んで真剣な顔で麻雀を打っていた。
おっちゃんの顔は見えなかった。
「よぉ」
将太が尚子を見て声をかける。
「なおぼん、遅かったやん」と美加。
「うん、ちょっと遠回りしてしもた」
「あがってぇな」
将太が二階に誘う。

散らかった部屋は将太と太一の兄弟が使っている。
そこは、数か月前に尚子が処女をささげた思い出の部屋だった。