グローバル企業の経営者が命を狙われる…
彼を護衛して、無事、タックスヘイブンの第三国に送り届ける任務を帯びた二人のエージェント。

経営者の男は何故、危険を冒してまでリヒテンシュタインというタックスヘイブンに赴かねばならないのか?
それは経営を乗っ取ろうとする株主(無記名株主)から会社を守るためにもう一人の株主と組んで過半数を維持して株主総会を切り抜けるためだと言うことが分かってくる。
リヒテンシュタイン公国を本店所在地として登記すると、免税を受けられる反面、株主総会は同国で開催せねばならないという制約を受けるらしい。
これを邪魔する殺し屋から経営者を護るために高額で雇われる主人公。

ギャビン・ライアルの『深夜プラス1』のおおまかな流れはこういうことだ。
主人公のケイン(カントンとも)は、第二次世界大戦中のフランスでレジスタンス活動を経験し、戦後はビジネス・エージェントとして危ない仕事を請け負って生活している。
レジスタンス時代のコードネームが「カントン」だったので、当時の仲間からはそう呼ばれるのだった。
ケインは、ビジネス・パートナーの弁護士メルランからある仕事の依頼を受ける。
要人の警護をし、無事にブルゴーニュからリヒテンシュタインへ送り届けるというものだった。
その要人とは、電子部品メーカーとしてグローバルに展開しているオーストリア出身の実業家マガンハルトだった。
メルランはマガンハルトの顧問弁護士なのだった。
マガンハルトは金の亡者であり、税金を納めない、あこぎな経営手腕から敵を多く作っている。
彼が、リヒテンシュタインへ向かう目的は、先述の会社乗っ取りを阻止する株主総会のためだったがケインには途中までそのことを伏せていた。
マガンハルトは闇組織のハニートラップに引っかかって「婦女暴行罪」の冤罪で、フランスの警察からも追われていた。
警察に捕まると足止めを食らって、大事な株主総会に出席できなくなり、経営権を奪われ、大金持ちから転落するのは目に見えている。
信頼厚いメルランに、マガンハルトは株主総会出席までの身辺警護、護送を依頼したのだった。

マガンハルトは秘書の若い女性ジャーマンを伴って、ケインと、メルランが指定した殺し屋稼業のハーヴェイと四人でシトロエンDSを駆り、ブルゴーニュのカンペールからスイス目指して東へと向かうのだった。

ハーヴェイは拳銃の使い手だったが、アル中という致命的な欠点を持っていた。
ストレスの多い仕事柄、ハーヴェイは酒に走って、いざという時に手の震えが止まらない。
ケインはいち早くその欠点を見抜いていたが、ハーヴェイの気持ちも察していた。
とはいえ、ハーヴェイは一流の殺し屋なのだった。

ケインは、かつてのレジスタンス活動の経歴から、フランスのあちこちに知己がいた。
そして銃器の扱いにも慣れていて要人警護の仕事などを請け負っていたのである。
ケイン愛用の銃は古いモーゼル自動拳銃である。
ドイツの銘銃として名高いが、その重さ、反動の大きさから、ハーヴェイには不評だった。
ただ自動で連発できるので、その威力はマシンガン並みであり、頼りになる。
ここは、ケインのこだわりというか、作家ライアルのこだわりなのかもしれない。
実際に物語の中でモーゼルが活躍するシーンが何度か出てくる。
本作がいまだに銃器マニアにも好まれるゆえんだろう。

一方、ハーヴェイの愛銃はスミス&ウェッソンで回転弾倉(リボルバー)38口径である。
自動拳銃を使わないのは、リボルバーの方が作動の信頼性が高いからである。
装弾数に制限があるものの(五発しか込められない)、故障は極めて少ない。
殺し屋にとって銃の故障はぜったいにあってはならないことだからだ。
『ルパン三世』の次元大介がS&Wコンバットマグナム(リボルバー)を愛用するのは、そういうことだ。

こういう作品では、女が重要な位置を占める。
マガンハルトの秘書ジャーマンや、ケインの古い恋人ジネットがそうだ。
若く知的なジャーマンは、ハーヴェイから敵対組織への内通の疑いを掛けられるが、次第にハーヴェイに惹かれていく。
私が読んでいて、長く狭い車の旅なのにジャーマンが、おしっこの固い女性だなと感心した。
食べたり飲んだりして、大丈夫なのかな?
作者が男なので、そのあたりのことを気配りしていないだけなのかもしれないが…

ケインとジネットは元レジスタンスの同志であり、戦後は別々の道を歩んできたが、再開して、助けられ、焼け木杭(ぼっくい)に火が付くかのよう。
ジネットはランベールという伯爵と結婚し、ワイン用ブドウ園を経営しているが、夫ランベールは地中海で武器密輸に手を染め、不慮の死を遂げたため、伯爵未亡人として館を切り盛りしていた。

さて彼らは無事に国境を越えられるのか?

物語の後半は、息をつかせぬ展開になるので、ここらへんで。

昨今、日本でもハニートラップだの、かまびすしいけれど、この物語でもハニートラップがひとつのシチュエーションとして語られる。
マガンハルトは断じて婦女暴行などしていないと言うが、それを証明することは非常に困難だし、マガンハルト自身が、そのようなことを法廷に持ち込んで時間とカネを浪費することは避けたいと言っている。
彼は敵対組織に「ハメられた」わけである。
だからフランス国家警察にまで追われ、ケインやハーヴェイの仕事がさらにやりにくくなってしまった。
「敵対組織」って誰なんだろう?
最後までそれはわからず、襲ってくる殺し屋はかつてカントンとレジスタンス活動を共にしていた顔見知りだった。
いったい誰に雇われているのか?
ケイン(カントン)らの行動が筒抜けになっているのは、だれが知らせているのか?ジャーマン嬢か?
謎の将軍がスイスに現れ、とうとうマガンハルトだけが警察にしょっ引かれてしまう。
どうやら、この将軍の「差しがね」らしい。
この将軍は第一次世界大戦にイギリスの情報部で活躍した御仁らしく、その膨大な情報網を利用して情報をカネにする黒幕としてスイスのホテルをアジトに暮らしている。

ケインは将軍と取引をして、マガンハルトを釈放させ、リヒテンシュタインに将軍のロールスロイスで向かうが、なんかうまくいきすぎて怪しい…

私は最後まで表題の『深夜プラス1』の「プラス1」の意味が分からずじまいだった。
タイムリミットのようなものかと思ったが、どうもそうではないらしい。
本書(ハヤカワ文庫)の解説の田中光二氏も「よくわからない」と書かれている。
最後の文にケインが腕時計を見て、真夜中を1分過ぎた旨の文言があって、どうやらそのことが『深夜プラス1』の意味らしいことが読者に感ぜられるだけだった。

いずれにせよ、本作は「ハードボイルド」を読み始める人のための入門的作品でもあり、よく構成されていて、再読にも耐える好著だと、私は思った。
今読んでも、古さを感じさせない、しっかりした人物描写で、内藤陳氏が勧めるのもうなずけた。