国民に番号を付けて管理するということが言われて久しい。
「背番号制」などと国民には不評だった制度だが、実際、マイナンバー制度で受け入れられつつある。
反対者の意見は「国に管理される」という嫌悪であり、それが悪しき徴兵制度につながるのではという懸念があったからだ。

私は徴兵については、懐疑的であり、これを実施する法的根拠もなく、改憲せねば実施できないし、国のこの制度維持のコストがバカにならないから、安倍晋三も「徴兵はない」と述べている。
少子化で生産に携わる若者が減っている日本において、わざわざ予算を割いて徴兵により非生産分野に若者を数年間留め置くことは日本にとっても損失だからだ。
「兵を食わす」のは平時おいて、古来から国家の損失だった。

そんな懸念より「背番号制」によるメリットのほうが行政サービスを受けるうえで大きいことを考えてみてほしい。
なんだか政府の回し者みたいな発言だが、お許しいただきたい。
良いものは「良い」と「左派」の私の意見を述べたいからだ。

まず「夫婦別姓」問題に解決の糸口を見いだせるからだ。
国民に出生届から死亡届まで一貫して一つの番号が振られるので、その人が婚姻しようが、親が離婚しようが、途中で性別が変わろうが、不変の番号で管理されるということである。
そうすれば、夫婦で別姓をなのってもらってもいいし、これまで通り、夫の姓をなのってもらってもいい、はたまた「何代目市川團十郎」と襲名してなのってもらってもいい。
読めないキラキラネーム、通称、芸名、法人名、雅号、ペンネーム、ハンドルネーム、コールサインなんでもござれだ。
別に固有名を登録してもらわなくてもいい。
ただし本人のナンバーは「ゆりかごから墓場まで」ずっと変わらない。
問題の銀行口座の開設は本人の名前でするのではなく、マイナンバーで行うのだ。
金融機関、保険証、年金手帳、カルテ…みんな一貫したマイナンバーで一元管理する。
個人情報など盗まれたら?という心配は、今のままでも同じだけのリスクがあるのだから心配ご無用なのだ(乱暴な言いかたやな)。
個人情報など、洩れたら洩れたでよいではないか。
自信を持って生きることだ。
「世間に知られる懸念」が、恥じるような人生を送らないという抑止力にもなるだろう。
秘密は少ない方がいい。
そりゃあ、生来の、避けがたいハンディキャップなどがあるかもしれない。
それでもそれが個性ではないか。
そういった本人に責任のない事柄で差別がおこなわれない社会を作り上げていかなければならないのだ。
また過去の過ちで更生できない社会もよくない。
犯罪を犯した者も一元管理で更生を妨げられることがないように、しかし再犯防止の網を張ることにも一助となるような賢い使い方をしたいものだ。

事実婚で生まれた子が行政サービスから漏れるということにならないように、出生届とともに附番されれば、この子に関して、義務教育などの公教育を受けることができる。
民法第三条「私権の享有は、出生に始まる」
この意味は、「背番号制」でより確実になると私は考える。
「誰の子」ではなく、「どこの国の子」かが「私権の享有」につながるのだ。
「背番号」は日本国籍の証だからだ。

続いて番号の取り扱いについて考える。
おそらく、マイナンバーもそうだが、無味乾燥な覚えられない大きな数字が附番される。
書き間違いで別人になってしまうこともありうる。
また「成りすまし」も防止できない。
QRコード(バーコード)による管理が目下進められているようだが、セキュリティ対策において万全ではない。
二重、三重にパスワードなどをかけて利用できにくい状況になれば本末転倒でもある。
指紋などの体の一部で本人確認することが現在ではもっともセキュリティ上、好適だとされている。
登録後に事故で腕を失った人はどうするのだ?
これにも限界があるのだった。

ここまで書いていて、国民総背番号制は、むしろ問題の多い制度ではなかろうか?とも思う。
いや、そこは知恵を絞れば、なんとかなるのではないか?
「一元管理」の便利さに注目しすぎて、リスクの高さに目をつぶってはいないか?
性善説に則った考え方では悪意ある者への対応が後手になる。
これまで何度も経験してきたことではないか。

私のブレインストーミングは続く…