私の灯台から見える景色は、青か白かせいぜい緑であり、その中に原色の鳥や花がちりばめられている。
ゴーギャンが描くような肉感的で情熱的な女もいず、たくましい男もいない。
マーシャルを除いては…

クロード・モネが睡蓮をたくさん描いているが、彼の色彩は流れ、その境界はあいまいだ。
人は彼の絵を「印象派」だという。
このころ写真が世に出るようになり、精密な描写技法は飽きられ、ルノワールやゴッホのような光の印影だけでうすらぼんやりと描く画家があらわれた。
もっともそういう描法は「光の画家」と呼ばれたターナーに端を発するのかもしれない。
レンブラントが「暗闇の画家」と呼ばれたのと対照的だ。
こういったステレオタイプな鑑賞法は、絵画を読み解くうえで障害にしかなり得ない。
ターナーやレンブラント、フェルメールらもやはり光を意識し、そして光を描くには影を際立たせなければならないと気付いていたはずだからだ。

印象派が一時代を築いたのは、そのころ光というものにニュートン以後、科学のメスがより詳しく切り込んで、人類が「量子」という概念に到達したことと符合する。

モネの絵の輪郭がぼやけているのは、ハイゼンベルクの「不確定性原理」に通じるのではなかろうか?
もっとも二人には接点がない。
物を正確に見ようとすると、光を強く当てて焦点距離を合わせる。
しかし、ひかりは回折したり、分散したりする。
微視的にはぜったいにはっきりしないのだ。
だいたいはっきり見えるところで折り合いをつけて写真はつくられる。
モネは、特に晩年は眼病(白内障か?)で光を正確にとらえることができず、分散した靄の中で景色を見ていたらしい。
それが「睡蓮」という大作につながるのだった。
分散とは正規分布とか二項分布とかで、「真の値(正確な輪郭)から一定の確率でぼやけますよ」という解析の限界を示してくれる。
モネの描く輪郭は、かくして、ある範囲でぼやけ、しかし離れて見ればちゃんと睡蓮なのだ。
しょせん、ものの正確な位置など確率でしか表せないのだ。
光や物は動くし、それは時間の関数だ。
そうだ、印象派は時間関数である物の見え方の変化をカンバスに写し取るために、あのぼやけた手法をあみだしたのだ。
時間の幅でカンバスに切り取る…すると輪郭はある範囲でぼやけざるを得ない。
そんな理論など画家には不要だが、表現するとあの独特のやわらかな印象派の絵になるのだった。

私はモネの画集をながめながら、思索にふけった。

物理学者が苦労して数式で導いた結論を、モネは筆で、かくも豊かに表現した。
印象派の画家は、将来、古典物理学を根底から覆すだろう理論をいち早く表現したのだ。
ジョルジュ・スーラという印象派の画家がいる。
彼は点描で表現した。
今のプリンターによる表現とまったく同じことを彼は筆でやってのけたのだ。
印刷技師やプリンター開発者がスーラにヒントを得たに違いないと、私は思っている。

ものの見え方が画家によって分析され、実践され、印象派という世界を産んだのだった。

油彩には日本画にない、絵の具の立体表現がある。
盛り上げやスクラッチである。
二次元において立体的に見せる方法は陰影やパースペクティブがあるが、それは目の錯覚を誘うものだ。
しかし「盛り上げ」は実際に彫刻のように画面から飛び出すように絵の具を使うのである。
こうすることにより、絵に光を当てて影を際立たせてより効果的に立体の質感(マチエール)を表現できるのだった。
日本絵の具の「顔彩」でも膠(にかわ)分を増やしてできないことはないけれど、あまりされない。
やはり絵の劣化が早くなるからだ。

印象派はその後、急速に抽象画の発展に寄与する。
キュビスムとシュールレアリスムである。
これらは文学にも影響し、「前衛運動」として開花した。

美術と科学は、まさに人間の知性の両輪だ。