またまた、トランス脂肪酸の話だ。
トランス脂肪酸をいたずらに怖がっては、大事なことを見誤るということ。

トランス脂肪酸とは、炭素・炭素不飽和結合(二重結合)を持つ脂肪酸(不飽和カルボン酸)の幾何異性体の一種です。
自然界にある不飽和カルボン酸の二重結合周りは、おおむねシス(cis)体で「くの字」に分子が曲がっているものです。
ところが稀に、トランス(trans)体といって、直線状の伸びた分子になっているものがあります。
また人工的な操作でシスがトランスになることもしばしばあります。
シスとトランスでは物理的な性質が異なります。
シスは融点が低く、トランスは融点が高くなります。
つまり熱安定性はトランスの方がすぐれています。
平易に言えば、常温で、シスは液状かやわらかい脂肪酸であり、トランスは硬い固形の脂肪酸になります(炭素数がC12以上の脂肪酸についての比較)。

トランス型脂肪酸は、動物性の脂肪中にわずかに見られますが、ほとんど人工的に作られてしまいます。
すると、そういうものを食べつけない現代人が、トランス脂肪酸の摂取でなんらかの病気を発症してしまうのではないかと懸念されるのももっともです。
油脂の加工、変性工程で、どうしてもトランス脂肪酸が副生してくるという問題があります。
植物性油脂には不飽和脂肪酸が多く含まれ、たとえばオリーブオイルのオレイン酸は炭素数18の真ん中に二重結合を一つ持っており、典型的なシス体で「くの字」分子です。
三つのオレイン酸分子がグリセリンとエステル結合したものが「トリオレイン」とか「オレイン酸トリグリセリド」という中性脂肪になっています。
オリーブからとれる油脂(トリグリセリド)はほぼ、純粋な「トリオレイン」です。
しかし、なたね油由来の混合脂肪酸グリセリドはグリセリンに結合する脂肪酸が数種類の混合です。
どちらかというと、ほとんどの天然油脂は「混合脂肪酸グリセリド」です。

オリーブオイルはご存じのように、液体油脂です。
サラダ油の「コーン油」や「なたね油」も液状です。
オリーブオイルを良く知る人は冷蔵庫に保管すると、この油は固化することも知っていると思います。
そうココナッツオイルのようにね。

オリーブオイルをニッケル触媒下で、加熱し、水素ガスを吹き込むと、オレイン酸基の二重結合に水素が付加して飽和結合になり、ステアリン酸基になります。
こうすると融点が上がり、固体の油脂になるのです。
この油脂を水素添加硬化油といいます。

このときにわずかですが、オレイン酸基がトランス化してエライジン酸基に異性化します。
エライジン酸のグリセリドは天然には存在しません。
こういうことがほかのリノール酸や、魚油のエイコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸などでも起こります。
植物油や魚油のような常温で液体の油脂でマーガリンを作るとき、先に述べたように「水素添加(水添)」工程を経ます。
そうしないと硬いマーガリンができません。
いまでは、トランス化を防ぐ方法を用いた硬化法なども考案され、トランス脂肪酸を作らない技術もできていますが、まだまだ、古い方法も使われています。

天然にほとんど存在しないトランス脂肪酸が体内でどうなるのか?
ご心配なく、すべて油脂代謝経路で代謝されます。
むしろ、トランス型のほうが代謝されやすい。
というのも、シス型脂肪酸が分解される際に消化酵素でわざわざトランス化してから分解されるので、トランス型ならその行程を経ずに直接代謝されるはずだからです。

むしろ、懸念されるのは悪玉コレステロール(LDL)との親和性でしょうかね。
トランス脂肪酸は低密度(低比重)リポタンパクコレステロール(LDL)と複合して粘性を増し、汚泥のように血管壁に取りつくというのです。
おまけに、善玉(高密度)リポタンパクコレステロール(HDL)をどういうわけか減らしてしまうらしい。
相対的な話かもしれないが、いずれにしても心疾患や動脈硬化の原因になりやすいと研究者は注意を喚起します。
欧米では早くから、トランス脂肪酸の摂取上限を決め、健康維持のために政治主導で規制をおこなっているようです。
日本では、日本人が欧米人ほど油脂を摂取しないので、トランス脂肪酸の摂取量も知れているということで、厚労省もうるさく言いません。
むしろ、日本人の食の欧米化によって、油脂全体の摂取量増加に注意喚起をしています。

実は、悪玉コレステロールと油脂の親和性はトランス脂肪酸に限らず、飽和脂肪酸全般に言われることであり、直鎖型分子に起因する融点の高さにあると思います。
融点が高いと固形の油脂になるので、血管壁に溜まると容易に溶けないから動脈硬化を招くのではないでしょうか?
どんな油脂(脂肪酸)も代謝されますが、代謝されきれず、血液に乗って体中をめぐる脂肪酸が増えると血管障害が増えても不思議ではありません。
不飽和脂肪酸も脂肪酸ですからLDL(悪玉)に親和性がありますが、融点が低く液状なのでLDLにくっついてそのまま代謝されるから、LDLを減らせるのです。

LDLもHDLもコレステロール代謝に有用なリポタンパク質であり、そのバランスが大事です。
コレステロールは細胞膜など体を構成する膜の材料として不可欠なものです。
それに性ホルモンなどのホルモン骨格分子としても重要です。

油脂の摂取の仕方で、これらの良いバランスが崩され、病気を引き起こすので、何事も取りすぎに注意しなければならないのです。
トランス脂肪酸がこわいから、マーガリンよりもバターやココナッツオイルにするという安直な置き換えが、いかに浅はかな考えかということがわかるでしょう。
ただし、高エネルギー調理(電子レンジ)では、シス型が容易に、高濃度でトランス型に異性化するという報告があります。
牛乳をレンジで温めるより、お鍋に入れてガスレンジで温めてください。