夏休みの自由研究に、温度ロガーを使って「ヘスの法則」を確認してみたい。

最近はbluetoothとスマホがあればこんな高度な実験ができてしまうのね。
ヘスの法則とは系の変化はその経路に関係なく、熱の出入りによる状態変化だけで決まるというものです。
吸熱反応や発熱反応は、系の温度を測り、物質の変化を追うだけでいい。

簡単なものは水酸化ナトリウムと塩酸を使った中和反応と、水酸化ナトリウムの水への溶解反応の温度を追跡することでヘスの法則が正しいことを体験することができます。
まあ、やってみましょう。
うちの塾生で、ゲームばっかりやってる加藤君(仮名)をカモにしてみる。

薬局で買ってきた水酸化ナトリウム(粒状)と希塩酸(約35%水溶液)と蒸留水(500ml×4本)、スマートセンサー(Inkbird)とiphone8、マグネティックスターラーと回転子、発泡スチロールカバーを付けたパイレックス200mlビーカー、200mlメスシリンダー、250mlのメスフラスコ、50mlメスピペット、安全ピペッター、ポリスマン(ゴム管を先にはめたガラス棒で攪拌用)、pocketデジタル天秤(SIMERST1/1000g~100g)、薬さじ、洗ビン、時計皿、ゴム手袋、防護眼鏡でいいかね。

水酸化ナトリウムは別名「苛性ソーダ」と呼ばれ、白い固体です。
これは手につくとぬるぬるになって皮膚が溶けますし、ひどいと薬傷(やけど)をします。
ゴム手袋をして取り扱うこと。

市販品には粒状とフレーク状がありますが、どっちでもよろしい。
さっさと量り取らないと、潮解性といって空気中の水分を強力に吸って、べたべたになります。
べたべたになるだけならまだしも、重さがその分重くなり、どんどん変化していきます。
時計皿を乗せたデジタル秤で、薬さじを使って、さっと2gを量り、あとは吸湿して重さが変わってもよろしい。
水酸化ナトリウムのびんはすぐに、しっかり閉めておきなさいよ。
それから、余分な水酸化ナトリウムはビンに戻さないこと。
これは化学の常識で、潮解性のある薬品は、もう捨てるしかないのよ。
薬品を捨てる時は、先生やなおぼんに言うてください。なんとかします。
決してゴミ箱や流しに捨てないこと。
※先生へ:強アルカリの水酸化ナトリウムは、あとで塩酸水溶液で中和してpH試験紙で中性付近であることを見極めてから流しに捨てます。

時計皿に量り取った水酸化ナトリウムを発泡スチロールで保温できるようにした200mlビーカーに入れて、同時にメスシリンダーで量った蒸留水100mlを入れて温度ロガーのサーミスタ端子とマグネティックスターラー回転子を入れてマグネティックスターラーに乗せて回転子を回すのよ。
そうして、五分間の温度変化を温度ロガーに記録させます。
ロガーのグラフから、水酸化ナトリウムを入れる前の水温が22.4℃だったのが2.5分後に27.2℃まで上がって、あとは下がり出した。

加藤君は次の塩酸水溶液を手順書をみながら作り出している。

水酸化ナトリウムの水への溶解反応は「発熱反応」でした。
「加藤君、反応熱の単位はなんて書いてある?」
「ジュールって書いてある」
「比熱はどう?」
「ひねつ?4.18ってやつ?」
「その単位は、ジュール・パー・グラム・ドシーって書いてあるやろ?」
「ああ、これは、何?」
「比熱はその単位から、1グラムのものの温度を1℃上げるのに必要な熱のことでね、この場合、1gの水を1℃上昇させる熱のことなんよ。単位から公式が導けるのをやったよね」
「次元解析とかいうやつや」
「そうそう。左辺がジュール、つまり熱とかエネルギーの単位やね。右辺はそうすると、比熱を使うから、どうしたら左辺のジュールだけになるかってこと」
「比熱に水のグラムと、温度を掛けたら、ジュールだけになる」
「そうや。だから発熱量ジュール=比熱(4.18J/g・℃)×系の重さ(水100mlは100g)×上昇温度(℃)で…」
「待ってや、ロガーのグラフを見るよ。だいたい最初から4.8℃がピークであとは下がってる」
「ほんなら系の上昇温度は4.8℃や。水酸化ナトリウムを100gの水に2g溶かしたときにな」
「うん、そやね」
「いくらや?」
「2006.4ジュール」
「そうそう。でもな加藤君、モル当たりではどうなる?」
「モ、モル?」
「物質量っていうのかな、今は」
「あ、ああ。でもどれの…」
「わかってへんな。水酸化ナトリウムのやがな」
「2グラム量った」
「ほなら、その2グラムの水酸化ナトリウムは何モルなのよ」
「えっと、分子量で割るんやね」
「その水酸化ナトリウムのびんに書いてあるやろ?」
「え?ここに?F.W.は40.0とあるけど、これ?」
「そうF.W.というのは式量のことで無機結晶でイオン性の塩は分子量とは言わないで式量というの。分子量と同じと考えていいわ」
「そしたら、2g÷40で、0.05モルでいいかな」
「上等。それでさっきの2006.4を割ってくださいな」
「40128 J/molになりました」
「水酸化ナトリウムは、1モルあたり、40128ジュールを吸収して、水100gに溶解した」
「え?吸収して?なおぼんせんせ、でもビーカーは温かくなったよ。発熱したんとちがうの?」
「結果が発熱しただけで、溶解熱、つまり溶解するのに要するエネルギーを吸収しているのよ。加藤君がごっちゃにしているのは吸熱反応とか発熱反応とかのことでしょう?」
「うん。どう違うのかわからへん」
「水酸化ナトリウムが水に溶けるのにはエネルギーを外から与えてもらわないと溶けられないのね。そもそも水に溶けるとは、この場合、水酸化ナトリウムがナトリウムイオンと水酸化物イオンに分かれて溶媒の水も水酸化物イオンとオキソニウムイオンに引き離されるの。このときの安定化エネルギーが熱となって放出されるから、ビーカーが温かくなったんだね」
「じゃあ逆に冷たくなる場合もあるんだ」
「あるよ。たとえば、水酸化ナトリウムの兄弟みたいな水酸化カリウムをエチルアルコールに溶かすときがそう。なかなか溶けにくいんだけど、少しは溶けるのね。すると、ビーカーは汗をかくくらい冷たくなる」
「へえ」
「水と違って、エチルアルコールは有機分子だからイオンに分かれないの。すると、水酸化カリウムもイオンに電離しないまま、エチルアルコール分子の間に入り込んで、均一な溶液をつくる。その時は外から熱を奪って安定化するのよ。だから冷たく感じるわけ」
※エチルアルコールと金属カリウムが反応すると、イオンに分かれてカリウムアルコラートという強塩基を作ることが知られている。

加藤君は、1モル濃度(モル/リットル)の水酸化ナトリウム水溶液250mlと、1モル濃度の塩酸水溶液250mlを用意してくれた。
1モル濃度の水酸化ナトリウム溶液は水酸化ナトリウム10gをビーカーで約100mlの蒸留水で溶かし、それを250mlのメスフラスコにポリスマンに伝わらせて移し、洗瓶に入った蒸留水の少量で使ったビーカーを洗い、その洗い液もメスフラスコに足す(共洗い)。
そうして、メスフラスコの標線まで蒸留水を洗瓶を使って足し、メスフラスコの蓋をしてよく振って均一にする。
このメスフラスコの溶液が1モル/リットルの水酸化ナトリウム溶液である。
塩酸も同じような方法で、1モル/リットルの水溶液を作る。
希塩酸(35%、比重1.175)を411.3g(1000×0.35×1.175)、塩酸の分子量が36.5なので、411.3g/36.5=11.3モル/リットル(つまり35%塩酸をモル濃度で表すとこうなる)である。
1mol×250(ml)/1000(ml)=V(ml)×1.175×0.35/36.5
V=22.2(ml)をメスピペットで250mlメスフラスコに取り、蒸留水でメスピペットを共洗いしてその洗液をメスフラスコに合わせ、標線まで蒸留水を入れて、メスフラスコの蓋をして良く振ります。

発泡スチロールで保温した200mlビーカーに1モル/リットルの塩酸水を50ml入れ、スタートの温度をロガーに読ませ、マグネティックスターラーにセットして、そこへメスシリンダーで量った1モル/リットルの水酸化ナトリウム水溶液をざっと入れます。
後は、ロガーに温度上昇を追跡させてグラフから最高温度を捕まえるのです。

「加藤君、それじゃあ、中和熱はどうかしらね」
「スタートが23.4℃でマックスが30.3℃ですわ」
「ほぉ。6.9℃も上がったか」
「これ、どっちの溶液も物質量が同じと考えていいねんね」
「そうや。モル濃度を合わせたのはそういうことよ」
「両方、50mlの1モル濃度溶液やから、物質量は1000分の50やね」
「そうそう。0.05モルでええのよ」

そこへ、小学生の塾生がどやどやと入ってきた。
「うわぁ、なおぼんせんせ、なにやってんの?」
「こらぁ、じゃますんな」と加藤君
「実験や、実験」
「どれどれ!みせてぇな」
「さわるなっちゅうに。危ないぞ」
「くるくる回ってる。これなんで回ってんの?」
マグネティックスターラーに興味津々の中村芽衣子(仮名)ちゃん。
「磁石でまわってんね」
加藤君が説明する。
「磁石ぅ?どこに」
「このビーカーの中のが磁石。ほんで…こっちの台のなかにも磁石が入っててな、それが回ってんね」
「えーっ」
もう実験は中断や。
塩酸やら水酸化ナトリウム溶液をわたしはそっと片づけた。
危ないからね。
ポリ瓶に溜めて、あとでpHを調べて捨てるつもりである。

中和熱は、次のようになる。
4.18(J/mol・℃)×(50ml+50ml)× 6.9(℃)×1(mol)/0.05(mol)=57684(J/mol)

これも発熱反応だった。

邪魔が入ったので最後までできなかったが、もう一つ行わねばならない実験があるのだ。
1モル濃度の塩酸50mlと蒸留水50mlを発泡スチロールで保温した200mlビーカーに合わせよく混ぜる。
そこにマグネティックスターラー回転子とロガーの温度センサーを入れて最初の液温を取らせる。
マグネティックスターラーにセットしてそこに水酸化ナトリウムの粒を2g(0.05mol)入れて、完全に溶けるまで温度を追跡する。
これは水酸化ナトリウムの塩酸水溶液への溶解熱と中和熱の足されたものを量っているのである。

ちゃんと実験すると、11.5℃程度の温度上昇をとらえることができるはずだ。
4.18(J/mol・℃)×100ml×11.5℃×1(mol)/0.05(mol)=96140(J/mol)…Theo(理論値)

NaOH solid + aqua = NaOH aq + 40128(J) …①
HCl aq + NaOH aq =NaCl aq + H2O + 57684(J)…②
HCl aq + NaOH solid = NaCl aq + H2O + 96140(J)…③

ヘスの法則では熱の加成性があることを言っているので、①+②=③
と、だいたいなっていることがわかる。

しかし温度ロガーもお安くなったものだ。
スマホで理科実験ができるとは。