抗酸化効果あるいは抗酸化物質というものが、かなり前から健康志向の人々の間では話題になっている。
曰く「美白効果がある」
曰く「ガンが消える。もしくはガンになりにくくなる」
曰く「デトックス(排毒)効果あり」
などなど。

化学的に言えば、「抗酸化」とは字のごとく「酸化に抵抗する」という意味であり、「酸化防止」に等しい。
「酸化」は「還元」の逆反応で、これらは同時に反応することぐらい高校生なら知っているはずだ。
酸化の一方で、必ず何者かが還元されるわけだ。
だから「抗酸化剤」とは自ら酸化されて、相手を還元するものと言える。

「酸化」とは狭い意味で、酸素と結合することを言うのであり、酸素と結合した化合物は「酸化された」と言うのだった。
酸化されると、たいていの食品では「劣化」が起こり、色や風味が損なわれ、あげくに変なにおいがし、毒性が発現することもある。
※酸敗(さんぱい)ともいう。

一方で私たちは積極的に酸化を利用することもある。
食べ物を焼いたりすると、酸化が起こり、タンパク質はアミノ酸に加水分解されたり、メイラード反応で香ばしくなったりする。
酸化がなんでもかんでも悪いわけではない。

でも、病気に関しては酸化が原因ということが多々あるらしい。
ガンのイニシエーター(きっかけを作る物質)がそうであるし、動脈硬化の原因の一つにも挙げられるらしい。
もっとも身近で、やっかいな酸化は油脂の酸化だろうか。
油脂(トリグリセリドなど)の構成脂肪酸の不飽和度が高い(二重結合がたくさんあるような)場合、そこを酸素分子が取り付いて、過酸化物をつくったり(ディールス・アルダー付加)、その部分で結合を切断したりする。
見方を変えれば、不飽和度の多い脂肪酸が活性酸素を受け止めて抗酸化効果を示してくれているが、それによって分解生成する物質が体に悪影響を及ぼしてしまう。
酸化によって脂肪酸の分子が小さくなると悪臭を放つようになるし、過酸化物は毒性がある(反応性が高いので他の健全な分子を壊す)。
こういった活性な酸素分子の「悪事」に対して、自ら「酸化されて」大事な分子を攻撃させない化合物を「抗酸化剤」と世間では言うのだった。
体に対するイージス(盾)となる物質を抗酸化剤と言うのだろう。

酸素分子の悪事の原因はその不対電子であり、それはラジカルの仲間である(後述する「三重項酸素」にあたる)。
ラジカルといえば「手当たり次第に攻撃する」という意味があるから、まあ、そういう乱暴な性質が酸素分子にあるのだと思ってくれたらいい。
だからこそ、酸素はヒトを含む動物を生かしているともいえる。
酸素分子の大きな結合力が赤血球のヘモグロビンとくっついて、酸素を運んで生命を維持していることを、我々は知っている。
この酸素の強力な反応性は、酸素分子の不対電子によるものであり、それがために「悪さ」もしてしまうのだった。
後述する「一重項酸素」の反応性は、フリーラジカルのせいではなく、軌道に単独の不対電子を持っていないことによる。
いわば「空軌道」がほかの電子を求めるがために活性が高く反応性に富んでいるのである。

抗酸化剤は自らが酸素と反応して酸化されるターゲットになる物質である。
別名「ラジカルスカベンジャー(ラジカル喰い)」とも呼ばれる。
私が大学の卒業研究で取り扱ったのが食用油の酸化防止効果としてのトコフェロール(ビタミンE群)の作用であった。
トコフェロールにはα、β、γ、δの四種類があって、クロマン環にフィトールという炭化水素のしっぽが付いた構造をしている。
クロマン環のベンゼン環部分に置換しているメチル基の数によってα~δの四種がある。
このフェノール性水酸基が活性酸素をとらえて、自ら酸化されキノン(トコキノン)になり、油脂が酸化されることを防ぐのだ。
※「-OH→(酸化)→>=O」のような酸化還元反応を言う。

このようにフェノール性水酸基には還元剤としての働きがある。
※フェノール性水酸基とはベンゼン環に直接置換している水酸基のことで、アルキル基に置換している水酸基とは性質が異なる。フェノールが基本形なのでこの呼び名がある。

爆発的なラジカル重合の反応を抑制したいときハイドロキノン(p-ベンゼンジオール)を入れてラジカルを食わせて反応を止める(失活させる)ことができる。

体内での抗酸化効果の反応機序もおおむね、トコフェロールやハイドロキノンの反応と異ならない。

酸化の主役たる活性酸素とはなんだろう?
活性酸素という術語は漠然としているが、おそらく不対電子を持つ酸素分子ならではの反応性の活発ぶりからそう呼ばれるのだろうと思う。
不対電子とは、専門書などでは「スピン量子数を打ち消し合う相手のいない電子」だと書かれている。
スピン量子数とは電子の自転方向を決める因子で、地球に電子を例えると、北極から見て右回転の量子数と左回転の量子数の二通りのスピン量子数があると説明される。
それらの量子数は右が+1/2、左が-1/2で電子はそのいずれか一つの状態しかとれない(パウリの禁則)。
だから、電子殻では左右一対で打ち消し合って、スピン量子数が0のときが安定だと言える。
つまり不対電子とはその相手がいない電子ということなのだ。
電子のスピン量子数の合計がこのように0の場合を「一重項」と呼び、1/2の場合を「二重項」、1の場合を「三重項」と呼ぶ(フントの規則)。
酸素の場合、原子番号が8だから、その原子核には陽子が8個ある。
中性子は同数の8個であるから、原子量は足して16となる。
※実際は同位体(中性子の数の異なるもの)が存在するので酸素の原子量は15.9994だとされる。

電子の総数は陽子の数と等しいから8個である。
その電子の回る軌道は内側からK殻、L殻となるが、K殻には電子は2個しか入れない(パウリの禁則)。
L殻には8個まで電子が入れるが、酸素原子の場合ここには6個入って2個分が空席だ。
L殻はこのままでは満たされないので不安定だから、どこからか二つ分の電子を見かけだけでも満たしたい。
それで、酸素原子はもう一つの酸素原子と結合して、足りない2個の電子を共有することになる。
酸素が二原子分子(O2)として存在する理由がここにある。

フントの規則によれば、酸素分子の電子の基底状態(エネルギーが最も低い状態)とは、同じスピン量子数を持つ二つの電子がある状態をいう。
「任意の電子配置について、最大の多重度を持つ項が最低エネルギーを有する」とフントが定義している。
この場合の多重度は「2S+1」(Sはすべての電子のスピン角運動量の和)であり、同じスピンの2電子だからスピン量子数の和は1/2+1/2=1で「三重項」となる。
断っておくが、「同じスピン量子数」ということは符号に関係なく、正の数を考えるのが議論の筋である。
つまり異なるスピンを論じる場合にのみ、負の数字を導入するものだからで、同じスピンだからといって「-1/2+-1/2=-1」なる計算は無意味である。

酸素分子の最も安定な(基底状態)場合を三重項酸素としておく。
この酸素分子に外からエネルギーを与えると、電子の状態も基底から高い状態に持ちあがる(励起された)。
電子のエネルギー状態でもっとも低い場合は、もっとも原子核に近い軌道を回るが、与えられたエネルギーによって、それより外の半径の大きい軌道に変わることを励起されたという。
与えられたエネルギーで、励起された最外殻電子のひとつのスピン量子数の符号が変わる(自転の向きが変わる)。
こうしてはじめてスピン量子数が打ち消され0となる。
この場合の酸素分子を「一重項酸素」と呼ぶ。
「一重項酸素」は反応性に富んでいて、あらゆるものを酸化する。
言い換えれば、一重項酸素は早く元の安定な三重項軌道にもどりたくてうずうずしているから、機会があればすぐに反応しようとしているのだ。
エネルギーの供給が止まれば、一定の緩和時間を経てもとの「三重項」に戻るが、その際に近赤外線(λ=1.27μm)を発光する、
この一重項酸素分子を一般に「活性酸素」と呼んでいるのだろう。

一重項酸素(活性酸素)から身を守るには、紫外線などの高エネルギー光線に当たらないことも大事だということも理解されるだろう。