宮本さんは、おれの気持ちを分かっているくせによそよそしかった。
おれは何度も「のりこっ!」と聞こえるように叫んで、自慰行為をしているのに…


そして、今日の朝、極めつけにこんなものをもらった。
「いざとなったら、ちゃんとこれ使いなさいよ。純子ちゃんを泣かしたらあかんよ」
そう言って、紙袋を渡された。
中にはコンドームの箱が入っていた。
「キミのサイズなら、それくらいでぴったりだと思うわ」
あぜんとするおれをしり目に、踵(きびす)を返して宮本さんは玉藻荘の敷地を出ていった。
角(かど)で陽菜ちゃんが幼稚園の制服を着て待っている。

どうやら、宮本さんはこれ以上おれに近づくことを避けているようだった。
一線を越えてしまう可能性が高いと判断して、大人の対応をしようとしてくれているのだろう。
もし、おれに山本純子という相手がいなければ、宮本さんの体で経験させてくれたかもしれない。
おれの童貞を、そういう形で失わさせたくないと思ってくれているのだ。
「うまくやりなさいよ」とあのダブルデートの時に言われたことを、おれは思い出していた。

「そうだよな。それでいいんや」
おれは、紙袋を携えて、部屋に戻った。
そして学校に行く支度をした。
オトンは、まだ寝ている。めずらしく、非番なのだそうだ。
コンドームの箱を自分のサブザックの底に忍ばせると、
「ほな、行ってくるわ」
と、オトンの蒲団に向かって声をかけた。
蒲団がもぞもぞ動いて「うう」とかなんとか、声が聞こえた。

師走の街は、どこもかしこもジングルベルであふれていた。
「純子にプレゼントとか考えとかなあかんかな…」
おれは、クリスマスなんてほぼ「関係ないわい」と今まで思って暮らしてきたから、ここにきて、なにやらそわそわしてきたのである。
年間行事にもっともふさわしくないのが、おれんちだった。
オカンがいたころは、それでもクリスマスの雰囲気はあった。
水商売のオカンは、クリスマスは書き入れ時で、家にはいなかったけれど、客からもらったケーキだの、パーティグッズなどを持ち帰ってくるので、それなりに幼かったおれには楽しみだった。
オカンが出て行って、もう二年もなるけれど、おれも大人になったのでクリスマスなど、うっとうしいだけだった。
しかし、今年は違うのである。
『恋人がサンタクロース』なのである。
ユーミンのこの曲が、ラジオからもよく流れるのだった。
おれは、足取りも軽やかになっていった。
多治比駅前のマクドで山本純子の姿を認めた。
どちらかともなく、自然に見えるように近づいて一緒に学校へ向かう。
「おはよ」
「おはよう」
手はつながない。
二人の間には一人分くらいの隙間が空いていた。
このディスタンスは、暗黙の了解なのだった。
互いに他人(ひと)の目を気にしていた。

「めっきりクリスマスやね」
おれは、何を話していいかわからずそんなことを口走った。
「そうね。小縣くんは、クリスマスは何するん?」
「うちはさ、オトンと二人暮らしやろ。これといってすることもないんや」
「ふふふ」
純子は、さもおかしそうに水色のミトンの両手を口に当てて笑った。
「そういう山本さんはどうなん?」
「あたし?姉さんが甥っ子を連れて帰ってくるから、ささやかなパーティをするつもり」
「へぇ、お姉さんがいるんや。もう結婚してはるねんね」
「うん去年」
「ほかに兄弟は?」
「姉とあたしだけ」
「お姉さんとは歳、離れてんの?」
「三つ違い」
「わっか…ほんなら十九ぐらいで結婚しはったんや」
「そやねん…できちゃった結婚っていうのかな」
「まあ、夫婦、仲良かったらええやんか」
「そうでもないみたい」
ちょっとうつむいて、純子が暗い表情を見せた。
「あ、そや。おれらでクリスマスやろか?」
「え?」
「二人だけで」
「うん」
キラリと純子の目が輝いた。