初等数学の教育現場では、いろいろと物議を醸す話題が尽きない。
「さくらんぼ算」が、最近の話題だろうか?
繰り上がり計算につまづきやすい低学年の子供らに、この方法が例示される。
確かに「10をつくる」補数の取り扱いで、うまく計算できる。
しかしながら、そろばんをやっている子からしたら「かったるい」方法である。
いっぱつで暗算できる大人にとっては、ちょっと笑える方法だ。
だから「さくらんぼ」を知らない親と、「さくらんぼ」で習っている子供の間でちょっとした行き違いがおこり、子供は算数が嫌いになり、親は先生に信頼を置けない。

ちなみに「さくらんぼ算」とはつぎのようなものだ。
8+9=8+(2+7)=(8+2)+7=10+7=17
どうだろう?
回りくどい。
9を2と7に分けるのは、8に2を足せば10になることに注目している。
つまり8の補数が2である。
補数とは十進法において「足して10になる二つの自然数の関係」をいう。
こうして繰上りを簡単にする計算方法が「さくらんぼ」なのだ。
二つに数字を分けることがあたかも「🍒」に見えるからだと教員は言う。

この方法は「結合法則」を使っている。理系の方ならお分かりだろう。

もうひとつ、算数の授業で混乱させるのが掛け算における「掛ける数を掛けられる数」の区別である。
無駄な議論である。
可換な演算において「れる、られる」など無意味だ。
「九九」を覚えた人なら、「6×7」も「7×6」も42であることはわかりきったことだ。
九九の表を暗記させておきながら、あとから「掛ける数と掛けられる数を区別して問題を良く読んで計算しましょう」と国語の問題にすり替えられてしまった。
数学ではこういうことを「可換(かかん)である」という。
つまりこういう演算には交換法則が成り立つと「ユークリッド原論」に書いてある。

可換な演算には加法と乗法があり、減算と除算は可換でない。
4+5=5+4
3×6=6×3
2-1≠1-2
6÷3≠3÷6
である。
減算はこうするとわかりやすい。
2-1=2+(-1)
1-2=1+(-2)
加算に直すと、「2-1」と「1-2」はまったく違う計算であって、可換でない、つまり交換法則が成り立たないと言えるのだ。
除算も乗算に直せばよくわかる。
6÷3=6×(1/3)
3÷6=3×(1/6)
である。
だから引き算と割り算において「引く数と引かれる数」「割る数と割られる数」の議論が意味を持つ。

初等教育者こそ、厳格な哲学者であってほしい。
哲学者ならこういう無駄な議論はしないし、学生を迷わせることがない。
そして父兄もなっとくさせる、威厳のある教師になるだろう。

付け足しとして「単位元」と「逆元」の話をしておく。
加法には「単位元」が存在する。
加法において、ある数に0を加えても変化しない
この0が加法の単位元である。
計算の結果がまったく変化しない数が単位元なのだった。
乗法の場合はどうか?
単位元は「1」だと即答できるだろう?

加法の逆元は「符号の異なる、絶対値が同じ数を加えると0になる数」
つまり「反数」のことを互いに逆元だというのだ。
1の反数はー1であるから、1の逆元はー1である。
またー1の逆元(反数)は1である。
1-1=0
こういうことを言っている。
絶対値とは原点0からの数直線上の距離を言うので正数である。

ある数にある数の反数を足すことを引き算と言うのだから、さっきの「2-1=2+(-1)」の意味が分かっただろう。

「読み書きそろばん」さえできれば、社会で十分通用するものなのだ。
それをちゃんと教えられる教師であってほしい。