NHK総合の『日本人のお名前っ!』でなぜか大掃除用品の名前に始まってその使い方を伝授してくれていた。
台所掃除でおなじみの「セスキ」「重曹」「クエン酸」の名前の由来と正しい使い方が興味深かった。

化学屋の私にとってその名前の意味は当然知っている。
「セスキ」は「1.5」というラテン語の数詞だ。
私は「天然物化学」の授業で「セスキテルペノイド」を習ったときに由来を知った。
テルペンという一連の化合物は植物に含まれるものだが、ほとんどイソプレンがつながった形をしている。
イソプレンが重合したものはイソプレンゴム(天然ゴム)である。
テルペン類もイソプレンが二つ(モノテルペン)、イソプレンが四つ(ジテルペン)…といい、モノテルペンとジテルペンの間、イソプレンが三つのものをセスキテルペンというのです。
つまりジに対して1.5倍だから(1と2の間とも表現できます)。
間違いやすいのは「イソプレンが3つならトリテルペンじゃないのか?」という疑問。
冷静に考えてほしい、イソプレンが二つずつ伸びていくのがテルペノイドです。
2n(nは自然数)という数列なんだね。
トリテルペンならイソプレンは6つになるよ。
だからイソプレンが3つのときは「セスキ」という単語が生まれたんだろう。
正確には「1箇(か)2分の1」という意味だ。
※この帯分数の読みは、新しい指導要領では「1と2分の1」と読ませるようですが、尋常小学校の『小学校算術講義』では「箇」または「個」で「か」と読ませていたようです。英語では「and」です。

なおモノテルペンにはおなじみの薄荷(はっか)成分の「メントール(メンソール)」や、柑橘類の香り成分「リモネン」がある。
セスキテルペンになると分子も大きくなって環化しうるので、その形も多様になる。ショウガ成分のジンギベレンとか、青いうがい薬のアズレンなんかが著名かな?

じゃあ洗剤の「セスキ」はなにが1.5なのか?
これには重曹(じゅうそう)から説明しなければならない。
「重曹」は「重炭酸曹達(ジュウタンサンソーダ)」の略であることは、たいていの本に書いてある。
この命名は科学的なものではなく江戸時代の蘭学者「宇田川榕菴(ようあん)」が著した舎密(せいみ=chemie:化学)学の本にこの単語があり、彼の造語らしい。
彼は「重曹は脂垢を良く落とす」とその著書に書いている。
油汚れに「重曹」は正解なのだった。
なぜならアルカリによる「けん化(脂肪酸が石鹸になる反応)」で汚れが乳化し水溶性になって落ちるのである。

この重曹の1.5倍が「セスキ」だというのだから、私は「何じゃそれ?」と思ったわけ。
説明によれば「重曹と炭酸ソーダの間」が「セスキ」だというのだ。
重曹の1%水溶液のpHが8.4、炭酸ソーダのそれが11.2、セスキのそれが9.8でちょうど中間のpHを示すことから、重曹を「1」とし、炭酸ソーダ(炭酸ナトリウム)を「2」とすれば「セスキ」が「1.5」という位置関係(逆でも同じ)が分かると思う。

じゃあ、重曹と炭酸ソーダは洗浄力において何が違うのか?
「どっちか片方ではいけないのか?」という疑問が普通に湧くだろう。
いずれも液性が弱アルカリ性であることはその「能書き」にも書かれている。
重曹はしかし、水に溶けにくい性質があり、使った人は「なんで溶けへんの?お湯で溶かすの?」などと
思ったのではなかろうか?
反対に、セスキや炭酸ソーダは水によく溶ける。
水に溶けやすいから、これらはアルカリ性もそこそこ強いのだということもできる(電離つまりイオン化しやすい)。
炭酸ソーダはNa2CO3という式で表され、植物を焼いた灰を水に溶いて(灰汁:あく)、その上澄みを漉(こ)しとって水分を飛ばせば白い粉末として得られる。
もちろん鉱物としても自然に存在している。
一方で重曹は「重い炭酸ソーダ」という意味であり、水に溶かしてもほとんど溶けず、沈殿するので「重い」と呼ばれてきた経緯がある。
NaHCO3という式が重曹を表し、正しくは「炭酸水素ナトリウム」と呼ぶべきものだ。
これは20℃の水100gにたった9.6gしか溶けない。
ただし、炭酸ソーダを一緒に溶かすと助けられてよく溶けるようになる。
これはセスキが水によく溶けることと関係がある。
実はセスキ炭酸ナトリウム(セスキの正式名)は炭酸ナトリウムと重曹の1:1複塩(ふくえん)からなる結晶なのだった。
このような化合物は上記混合物水溶液から再結晶すると得られるが、天然にも鉱物として存在する。

重曹は食品にも使われる。
いわゆる「ふくらし粉」とか「ベーキングパウダー」とか言われるものだ。
こういった製品は重曹だけではなく複数の添加剤を混ぜて使いやすくしているのが普通だが、重曹だけでも、どら焼きの皮やカルメラ焼を作ることができる。
この場合は熱による分解で炭酸ガスを発生させて素材を膨らませるのである。
一方で、口内で溶けて「シュワシュワ感」を出すような飴、粉末炭酸ジュースには助発泡剤としてのクエン酸を加えて水分で両者が溶解したときに炭酸ガスを発生するように設計されている。
このような性質は炭酸ガスを発生源として温感入浴剤にも応用されている。

簡単な油汚れには重曹よりもセスキや炭酸ソーダが効果的であり、こげついた鍋には重曹が向くとテレビでは言っていた。
なぜなら、重曹は水に溶けにくく、その結晶がざらざらした研磨剤として働くからだ。
溶けないことが重曹洗浄のポイントである。
磨き粉を使わなくても重曹なら、こびりつきを取ってくれるのである。

ではクエン酸はどうなのか?
このものの液性は弱酸性を示すので、炭酸ソーダ類と混ぜると塩になって、炭酸ガスを発生させて泡を作るだろうが、両者を混ぜることでpHが下がるので洗浄効果を期待できない。
クエン酸は単独で使うものだ。
クエン酸が効果を発揮するのは水垢取りであろう。
水垢はほぼケイ酸塩であり、水に含まれるミネラル分と言われている。
シンクのくすみ、保温ポットの汚れの輪などがほぼケイ酸塩だとわかっており、これには酸性のものが効く。
べつにクエン酸でなくても酢でもいいのだが、臭いがきついのでクエン酸が選ばれるのだろう。

大掃除は大変である。
こういった化学の力を上手に利用してみるのも手であると私は思う。
セスキだけでなく、汚れにはさまざまあるので、界面活性剤や分解酵素も利用してピカピカにしてみよう。
なお殺菌や消毒には、酸素系もしくは次亜塩素酸塩系の「ハイター」とエチルアルコールを使うことを忘れずに。
ノロウィルスやロタウイルス、O157などは冬も健在だからだ。