私は一人になると「私は何者なのか?」とか「私はどこへ向かっているのか」などという命題に思い悩むことが多くなった。
こういう悩みを「中二病」と呼ぶらしいことは、あるブロガーさんから教わった。
「中二病」にはさまざまあって、直すための処方箋はないらしい。
すなわち、思いっきり悩み、苦しんで大人になれば、すっと治るものだそうだ。
つまりは「日にち薬」である。
時間が解決するものだ。

と、思っていたら、この歳になって「中二病」の再発だ。

『暗夜行路』(志賀直哉)の謙作は「中二病」をこじらせたタイプだろう。

平成時代は政治の劣化が激しかった時代でもあった。
ある人は「平和ボケの時代」だといい、ある人は「無責任の時代」だと言った。
だからといって軍国主義を再来させようという気もなく、超がつくくらいの保守に政府はとどまっている。
人々が無責任になった。私はそう思う。
選挙の投票率をみれば明らかだ。
そしてそれに輪をかけたのが情報技術の進化によるネット社会だろう。
無責任は力を得、政治を、世論を動かすまでになった。

私の命題は「この国はどこへ向かっているのだろう?」という形に変化していった。
世界は小さくなったろうか?
ソーシャルネットワーキングによって近くなったと言わざるを得ない。
アマゾンやグーグルがお茶の間に入り込み、ド田舎でもその恩恵にあずかる時代だ。

セックスも、様(さま)変わりした。
ネットの動画のモザイクは消えつつあり、どのような好みにも応えてくれるオナニーツールになり果てた。
そこにバーチャルリアリティーを地で行くような高性能「オナホ」や「ローター」がアマゾンで簡単に手に入る。
セックスレスや草食男子が増えるのは、意味なきことではない。
経済的に家庭を持つことが困難になっている昨今、性処理は「中二病」的なもので足りているのだった。
ティッシュだけでも男子は事足りるのだから…

かくして少子化はこれからも進むだろう。
カネに余裕のある人だけが家庭を作って子供を育めばいい。そのほうが子供も幸せだ。
貧乏に生まれることほど不幸なことはないからね。
私はあえて言います。
貧乏人は子供を作るなと。
子供は親を選べないんですよ。
快楽の結果、子供ができてしまい、育てていく余裕がなかったとしたら、それは大人のあなた方の責任だ。
あまりにも子供が可哀そうじゃないか?え?どうだ?なんとか言うてみぃ!

最初はだれだって、生活に余裕はない。
そこを向上させていく努力をして、子供を迎えるのが親の務めだろう。
子ができてなおかつ生活力がないという、情けない親にだけはなるな。
私のように、経済的に自信の無い者は結婚はしても、子を持つな。

子供は、自由に、将来を夢見て育つ。
「中二病」に罹患しても、克服する力を持っている。
それは、いい本に出会ったり、いい先達や友人に出会ったりして治っていくもんだ。
そんなときに、生活苦で悪い環境しか与えられないのなら親になる資格はない。
昔の、国民が総貧民の時代ならまだしも、今の時代はなおさら許されない。
おなじ「貧乏」でも、みんなが同じ程度なら笑って頑張れるものだ。

謙作はしかし、裕福な家に育ち、中二病をこじらせ、自立した大人になれないでいる。
女を愛せない男は不幸だ。

私もそうだ。
男を愛せない女だからだ。