「互いに素」とは数学で、いくつかの異なる正の整数において最大公約数が1のみである関係を言う。
※負の整数も含めても良いがその場合は最大公約数に-1が含まれる。

よく間違うのが、「互いに素な数はいずれも素数だ」という誤解。
たしかに「互いに異なる素数」ならば「互いに素」であることは間違いないんだけれど、それは「互いに素」な整数集合の部分集合に過ぎない。
たとえば8と9は「互いに素」な関係であるけれど、8も9も素数ではない。
このように隣り合う整数は「互いに素」になるというのもおもしろい。
※隣り合う整数は必ず偶数と奇数のペア(n,n+1:nは整数)だから。

むろん、3と7のような素数同士は「互いに素」である。
素数同士が「互いに素」であることは論を待たない。

「互いに素」が重要な場面は「√2は無理数である」という証明であろうか?
この無理数であることの証明は、なかなか一筋縄ではいかない。
一つの方法として「背理法」を用いる方法が有名かつ基本的である。

無理数とは、その数が分数で表すことのできない数をいう。
たとえば循環小数は、分数で表せるから有理数である。

本題の√2は無理数なのだが、それは分数で表せないからであると結論づけたい。
しかしながら「分数で表せない」ということ真正面からは証明しにくい。
こんなときに「背理法」という一見「詭弁」のような方法を使うのだ。
※背理法は決して詭弁ではない。論理学から演繹される方法である。命題の対偶の真偽は一致するということが根拠である。「整数pに対し、p^2が偶数ならpも偶数である」ということを証明するにも背理法が有効だ。ただ私は「背理法は循環論法」ではないのか?と問われたときに答えに窮した経験がある。数学に明るい方、ご教示願えたら幸いです。

「√2は有理数であると仮定する」これが背理法の入り口である。

√2がもし有理数なら、矛盾が生じるはずだ(無理数なのだから)。
そこを突くのである。

ここで「1ではない互いに素な二つの正の整数p,qを選び、√2=p/qと置く」とするのだ。
分数で表せないのが無理数なので、あえて分数で表してみてその不具合を示し、迂遠だが無理数であることを証明したことにするのである。

√2=p/qの両辺を二乗して有理化する。
2=p^2/q^2
分母を払って
2q^2=p^2
この等式では、左辺は偶数(2の倍数)であるから、右辺も偶数(2の倍数)になるが、そんなp,qは「互いに素」ではなくなってしまう(2以上の整数はその倍数や2以上の約数と互いに素ではない)。
ゆえに矛盾を生じてしまうのだった。
先に立てた仮定が見事に崩れ去り、√2は分数で表せない、すなわち、無理数であるというのである。

√3であっても証明方法は変わらない。
等式の両辺が3の倍数になって、同じ結論になるはずだ。
ゆえに根号の中が平方数でないかぎり、平方根は無理数になると結論づけていい。

論理学の概要を少し。
私はあまり得意ではないのだけれど、大学入試レベルの話なら次のような捉え方で事足りると思っている。
「ヒトならば哺乳類である」という命題があるとしよう。
この命題は真である(よね?)。
ヒト(ホモサピエンス)は哺乳類の集合の要素だから。
これを次のように書き換える。
「哺乳類でないならばヒトではない」という命題が書ける。
これは最初の命題の対偶になっている。
その真偽は?やはり真であろう。
つまり、命題の対偶の真偽が一致するという「定理」になっている。

ほかに命題の「逆」と「裏」が存在する。
この命題の逆は次のようになろうか。
「哺乳類ならばヒトである」
これは偽である。
集合の要素からその集合へ「逆」に向かっている。
哺乳類にはカバもマントヒヒもあるわけだから。
しかしこれも命題である。
命題とは真偽いずれも存在するものなのだ。
じゃあ命題の「裏」とはなんぞや?
「ヒトでないならば哺乳類ではない」となる。
これもまやかしのようだが、偽だ。
ヒトでなければ哺乳類ではないと言い切れるか?
カピバラはヒトではないけれど哺乳類ではないか。

ただどの命題も対偶の定理は成り立つ。
この「裏」の命題「ヒトでないならば哺乳類ではない」の対偶は「哺乳類ならばヒトである」となりこれは一番最初の命題の「逆」でもあり、その真偽は偽であろう。

あたまが沸いてきたところでお開きにしよう。