私くらいの年齢の方なら『ゼッケン67』のお話を小学校の国語の時間にやったと思う。
もちろん光村図書の教科書を使った学校に限られるだろうけど。

今日の毎日新聞夕刊の一面にその記事が出ていた。

非常に懐かしく思ったよ。
今の今まで忘れてしまっていたことが恥ずかしい。
あの1964年東京オリンピックの男子陸上1万メートル走でのこと。
トラック競技だから、遅くなると周回遅れが出るのは当たり前なんだけど、ラナトゥンゲ・カルナナンダ選手(セイロン:現スリランカ)がそれだった。
彼は、べったこ(最下位)だったのだ。
腹痛に顔をゆがめながら、彼はもう走る者もいないトラックを一人何周も、走った。
最後まであきらめない…
観客も見守った。最後まで、一緒に走っている気持ちで。
そしてゴール!満場の拍手に競技場が沸いた。
トップでゴールした選手よりも多くの歓声と拍手を得たのは「ゼッケン67」カルナナンダ選手(28)だった。
教科書の物語は彼の言葉で締めくくられていた。
「国には、小さなむすめがひとりいる。そのむすめが大きくなったら、おとうさんは、東京オリンピック大会で、負けても最後までがんばって走ったと、教えてやるんだ」と。

残念なことに、1974年にカルナナンダ選手は、母国の湖に転落して亡くなったそうだ。
人の命はわからないものだ。
しかし、彼には娘がいたので、その娘、ネルム(54)さんも結婚されて、その娘のオーシャさん(27)が日本に来ているらしい。介護福祉士を目指して。
オーシャさんはカルナナンダ選手のお孫さんになるわけだ。
彼女は次のように母親から聞いたであろう祖父の言葉を述べている。
「祖父は『他の国だったら、拍手は湧かなかっただろう。なぜなら日本人は戦争に負けて復活した。だから気持ちがわかるんだ』って」

負けてもいい、でもあきらめるな。
カルナナンダ選手が娘やまだ見ぬ孫に一番伝えたかった言葉だろう。
「今もわたしの心の中で、おじいさんは走っているんです」とはオーシャさんの言葉だ。

僕は走っているだろう。君と走っているだろう。
あいだにどんな距離があっても…
僕は笑っているだろう。君と笑っているだろう。
あいだにどんな時が流れても。

荒野より君に告ぐ
僕のために立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ
後悔など何もない。

(中島みゆき『荒野より』)