アマゾンのプライムビデオではWOWOWの限定ドラマも見ることができる。
中でも秀逸だったのが『一応の推定』(柄本明主演 堀川とんこう監督)と『誘拐』(三上博史、西島秀俊主演)だ。
『一応の推定』は柄本扮する定年間近の保険調査事務所の調査員村越が、生命保険・損害保険の被保険者が死亡や負傷した場合のその原因と結果に不正がないか、警察とは別に調査査定して保険会社に報告する仕事をしている。
その村越が、ある鉄道死亡事故案件の調査を保険会社から依頼され、それが保険金詐取のための自殺なのか事故死なのか地道に聞き込みをして証拠を集めていくドラマである。
題名の「一応の推定」とは保険業界での「業界語」にあたるもので「自殺を推定する」ことをいうらしい。
当然、保険金をかけて被保険者が自殺を企てるというのはあってはならない事案であり、こういう事案であれば保険金は支払われない。
とはいえ、自殺なのか事故なのかは警察とは別に保険会社にとっても関心事であり、事の次第によっては多額の保険金を支払わなくても済むかもしれないのである。
そこで活躍するのが村越のような調査員なのだが、調査員がつぶさに調べて「一応の(自殺)推定」をすれば、保険会社にとっては非常にありがたいお墨付きを得たことになるのだった。
そして、「一応の推定」をした調査員には保険会社からボーナス(謝金)が支払われる慣習があるらしい。
だからといってボーナス欲しさに「一応の推定」を乱用するような村越ではない。
村越は実直で、客観的に物事を見、公明正大に事案を評価する男だった。
だから、遺族からは心無い罵声浴びたり、暴力を振るわれたりもする。
しかし、村越はただ黙って殴られるのだった。
彼は若いころボクサーを目指して鍛錬していた経験があり、殴られるのは慣れていたのだ。

村越が定年前の最後の仕事として調査依頼を受けた事案は、田舎の単線の、とある小さな駅で男が電車にはねられたというものだった。
その男は、運転士によると線路内で倒れていたが、ブレーキをかけたけれど間に合わず轢かれてしまったと警察の調書にあった。
どうも飛び込みではなく、あきらかに線路に横たわっていたのだ。
被害者は被保険者であり、死ぬ直前に夫人とともに保険に加入いしていた。
保険会社の平岡(竹内善之)は自殺案件ではないか、保険金詐取の疑いがあるとして村岡を指名して調査に同行する。
この夫婦には孫娘がおり、心疾患(拡張型心筋症)で心臓移植でしか助からない状況だった。
盛んに募金活動して、渡航費用や手術費用を集めていたがどうにも足りない。
そういう事情から、ますます保険金詐取の疑いが高まるのである。
さらに、この夫婦の経営する工場が「左前」で、工場の土地建物と自宅も売却して負債を返済しており、孫娘に出す金はなかった。
「一応の推定」は成り立つのである。
そう考えると、村岡の手元には、この被保険者たる男の不利な状況証拠ばかり集まってくるのだった。
「このままでは保険金は支払われない。するとあの孫娘は助からない」村岡は苦渋の決断をするのか?
まったく自殺でなかったという証拠はないのか?
確かに男は自殺を企図したかもしれない。愛する孫娘のためだ。
しかし死因はそうではなかったのかもしれない。
死ぬ直前に夫婦で温泉旅行を計画していたが、夫人がキャンセルしていた。
この旅行こそ夫婦で自殺するつもりの計画だったが、思いとどまったと考えられた。
夫婦合わせての保険金でも足りないのである。
そこに村岡も「一応の推定」を崩す何かがあるのではと感じていた。
孫娘が痛々しい病床で大事に抱いているアンティーク人形…それは男が彼女のために買い求めたものだ。
その人形は可愛そうに片目が開かない。
「おじいちゃんが直してくれるから、待ってるの」と、無邪気にその子は言う(祖父が死んだことを知らされていない)。
村岡はここから推定を崩せると漠然と感じていた。永年の勘だろうか?
若い平岡は村岡の遅々として進まない調査、無駄に見える聞き込みにイライラしていた。
「一応の推定でいいではないですか?」
「どうみても自殺ですよ」
そう、何度も村岡に彼は進言するのだが…

私は、この脚本の丁寧さに好感を持った。
監督の「疑い」から「確信」へ、村岡のみならず平岡までもが、心の変化を見せる手法が良質なそんな人間ドラマに仕上げている。

次に『誘拐』である。
弱者に厳しい世の中になったのは小泉改革のせいだったか?
そんなリストラの嵐が吹き荒れたころを舞台に、ある悲劇が起こる。
破たん寸前の銀行で肩たたきが起こる。
肩を叩かれる者、叩く者の確執、逡巡。
親友の肩を叩かねばならない、いばらの道を経験した秋月孝介(三上博史)は娘が自殺し自暴自棄になっていた。
飲んだくれて、半グレに絡まれて殴られて道ばたに倒れていた。
タバコの自販機でショートホープを買おうとしたがタスポが無く、買えずにうずくまる秋月。
そこに通りかかった男が星野(西島秀俊)だった。
星野は警視庁の捜査官で、秋月に「そんなところに寝ていてはいかん」と注意する。
このドラマではタバコのシーンが多くでてくる。西島君も若い!
ひと昔前のドラマなんだなと変なところで感じ入ってしまった。

秋月孝介は一人で暮らしていた。
妻も娘ももういない。
一人娘が夫婦の前でマンションのベランダから飛び降りたのは、自分のせいだと孝介は自分を責めている。
秋月が肩を叩いたのは同僚の葛原だった。
葛原一家は進退窮まって一家心中を企てて、娘のかずはを残して家族ともども果ててしまった。
かずはは、一命をとりとめたものの腎臓を損傷していて移植しか生き残る道のない重症だった。
葛原と秋月は家族ぐるみで付き合っているほど親しく、お互いの娘同士も仲が良かった。
ところがこのリストラ騒ぎで、孝介が葛原一家を追い込んだことになる。
孝介の娘はこのことを知るや、父親の非道をさいなみ、自分も後を追うととっさに鋏を喉に当てる。
孝介も説得するが、頭に血の昇った娘ひろみは、ベランダに出てそのままダイブした。
そのことが孝介の脳裏にフラッシュバックする。


秋月はテレビニュースで時の総理、佐山(石坂浩二)が韓国の大統領の来日で日韓友好条約調印式に臨む予定であるう報道がなされていた。また別の報道では総理が孫娘とプライベートを過ごすシーンが映し出される。
佐山総理は「カネで買えぬものはない」と豪語し、弱者を平気で切り捨てる施策を次々にうちたて、日本全土にリストラの嵐を吹かせた経緯を持つ。
半面、プライベートでは高校生の孫娘にべったりの好々爺だった。

秋月の自宅のFAXになぞの文書が届く。
それを読み秋月は佐山総理の孫娘佐山百合(三吉彩花)を大胆にも誘拐し身代金を要求しようと決心したのだった。
思えば、秋月の娘ひろみと同い年の百合である。
総理のせいで、秋月は友を亡くし、愛娘も亡くしたのだ。同じ苦しみをあの傲慢不遜な総理に味わわせてやろう。そう思ったに違いない。
秋月は、かつての部下だった純子(中越典子)を、彼女が経理の不正操作で蓄財、横領していたことネタに仲間に引き込み、そのことを不問にしてやり、なおかつ法外な報酬で雇って仲間に引き入れた。
いよいよ、マンションの一室を借りて、そこを拠点に誘拐の企画を練り、実行に移した。
秋月は、百合の乗る車の運転手や総理夫人を瞞着し、たやすく佐山百合を拉致して、秋月は30億円もの金を要求した。
佐山総理は怒り狂い、韓国大統領との会見、調印式を辞退するという暴挙にでてしまう。
側近や夫人を叱責し、金を用意して捜査にあたる星野に百合の安全を託した。

この誘拐事件があまりにもあっさりと実現してしまい、百合が無事解放されるという「踊り場」的な決着を見るのだが、事件はその先に進む。株価操作だ。
秋月は百合を殺すつもりなど、毛頭なかったのだ。
佐山総理の「カネで買えないものはない」という心根に一石を投じ、内外に波紋を広げたいのだった。

サスペンスドラマは伏線の収束、結末の意外性で良し悪しが決まる。
真犯人が別にいたとか、黒幕が別にいたとか、立場は違えど目的を一緒にできる同胞がいたなど、共犯の妙があったりするのだ。
事件が複雑になると、捜査が難航する。
なぜ総理の孫なのか?縁もゆかりもない秋月孝介との接点は?
キーワードは家族なのだ。
一見関係なさそうな事案が、密接にかかわっているというところに観る者は快哉するのだ。