「二股ソケット」とは、かつて松下電器産業(現パナソニック)の創業者、松下幸之助氏が考案した電球のソケットの脇にコンセントを備えた電気器具をいう。
このソケットが発明されたころの大正時代には「一戸一灯契約」という配電契約で各戸が電灯線を家内に引いていたため、電球ソケットだけだと他の電化製品(当時は主にアイロン)が使えないという不都合があった。
幸之助が、ある日、アイロンを使いたいという姉と、本を読みたいという妹が言い争いをしている場面に遭遇し、「二股ソケット」の発明に至ったという逸話が残されている。
そして…私のように、二人の異性と同時にお付き合いをするような男、あるいは女性の蔑称として「二股ソケット」と言うようになった。

「日下部先生に言われたんですよ。私の方から戸田さんをお誘いしろって」
「そうなんですか。いやぁ、私からするべきでした。なにぶん、この歳まで女性とお付き合いをしたことがなくって、何事も後手になっちゃう」
「ふふふ。日下部先生もね、戸田さんはシャイな方だから、女の方から積極的にするがいいよっておっしゃるの」
「まいったなぁ」
角野さんは、こないだとは打って変わって、陽気に話をする。
神戸の初夏の心地いい日差しも彼女を助けているのだろうか?
私は、しかし、昨晩から今朝にかけての律子との濃厚な情事が頭を離れず、このままでは、このまじめな女性を騙し続けることになることに内心、おだやかではなかった。
「なぁに、隠し通せばいいのだ」そういう、大胆な考えすら頭に浮かぶ。
私はそんな人間ではなかったはずだ。
飯塚の態度を批判し、律子に同情し、あげくに不埒な人間になり下がった。
肉欲とは、こうも人を変えてしまうものなのだろうか?
メリケン波止場を目指して歩きながら、私はいつしか「弁明」に終始していることに気づいた。
「ソクラテスの弁明か…」
「え?」
角野さんが、きょとんとこちらを向いた。前にはまぶしい神戸港の水面が光っている。
「あ、いや、あなたに出会う前に『ソクラテスの弁明』を読んでいたんですよ」
とっさに、そんな言い訳をしていた。
彼のはまさしく理不尽に対する「弁明」であって、私のは自身の不正の「弁解」であることに気づいたが…

「私も読んだことあります。でも難しすぎて。お好きなんですか?ギリシャ哲学」
「物好きですよ。単に。学者の端くれだから、そういう名著にも触れておかないと学生に顔が立ちませんから」
「いつも勉強なさっている。尊敬しますわ」
「やめてくださいよ。あなただって、とてもよく本を読んでおられるようだ」
「私のは乱読です。好きなものきり読まないんですから」
「食事のあと、三ノ宮の本屋にでも行きますか?」「いいですね」
角野さんの目が輝いた。
この人には、小さいがゆえの、律子にないかわいらしさがあった。
律子は、私の知らないところで穢れていた。
秀子さんは、そういうこととは全く無縁で、昨日までの私と同様の清純な生活をしている。
しかし…今の私は、もう穢れまくってしまっていた。

神戸まで来て和食というのもなんだったが、秀子さんがそば好きだというので正家(まさや)を訪ねた。
この店は東京そばが売りの、こだわっている店だった。
京都の出版社に就職した飯塚と原稿の打ち合わせを兼ねて何度か来たことがあったのだった。
飯塚が京都に越す前に、三ノ宮にアパートを借りていた時期があったのである。

食事のあと、ジュンク堂に向かった。
「三ノ宮にはよく来るの?」
「ええ、叔母が生田神社のほうに住んでまして、独身なんですね。それでお話相手をかねてよく来るんです」
「おばさまがねぇ。おいくつくぐらいなんです?」「今年、五十五でしたか。神戸女学院で化学の教員をしてるんです」
「かがく?」「バケですって」「リケジョだ」「婚期を逃して、いまだ一人で悠々自適ですわ」

ジュンク堂はどこも大きな書店を構えているが、一つの本屋で何でもそろう宝の山のような場所である。
一昔前の本屋と違って、明るく、整然としているので、本を探すのも容易である。
「わたしも、日下部先生からのお話がなければ、叔母と同じ道を歩むんだと勝手に決めてました」
ポツリとそう角野さんが言った。その横顔は寂しそうだった。
「でもね、戸田さんと話していると、二人もいいなって」
ぱっと明るい笑顔で私を振り返る。
「そりゃ、わたしも同じですよ」
私が、そう応じると、恥ずかしそうにおずおずと角野さんが私と手をつないだのだ。
私は嬉しかった。
私を信じ切って、好意さえ寄せてくれている。私たちは、ジュンク堂のガラス戸を開けて店内に入った。
もう冷房が入っている。