東京大学の相田卓三教授は「アクアマテリアル」や「割れても復元するガラス」の研究で一躍有名になられましたが、もともと化学の世界では画期的な業績で、つとに有名な方です。

ガラスという「もの」は、ガラス製品そのものを表すのが通常ですが、化学では「ガラス状」という状態を表す用語でもあります。
すなわち、プラスチックでもガラスの仲間なのですよ。
ガラス状のものは「硬くてもろい」という大まかな性質があります。
またそれは温度依存性があり、ある温度に達すると融解して流動化します。

では固体から液体になるというのなら、金属や結晶と同じではないか?
確かに相変化という熱力学的な性質を観察すればそれはそうかもしれない。
実は固相から液相になる相変化は物質が金属であろうが、結晶性であろうが、ガラスのような非晶性であろうが関係なく起こる現象なのだということを理解してください。

相変化は分子または原子のレベルで熱運動が盛んになって、状態が変化することにほかならないからです。

ガラスは先に出ましたが「非晶質」という別の言い方もします。
結晶の対義語である言葉が「非晶」であります。
「アモルファス」なんていう学者もいますけれど、同じ意味です。

私が学生の頃、物理の先生が「ガラスとは粘度の非常に高い液体」だと表現しました。
分子の世界では、水分子の集まった液体の水と、ケイ酸塩の集まりのガラスの状態は似ているのです。
実際に「水ガラス」というものも存在します。試薬屋さんで売っています。

結晶は、まさに固体の代表例ですが、これは分子が規則正しく並んでいる。
ガラスではケイ酸塩の分子がランダムに、ある部分は規則性があるようだが、全体に見てぐしゃぐしゃな並び方なのです。
いずれも透明に見えるのは、可視光線を透過するからですが、分光学の立場で見ると、ガラスの中を透過した可視光線は弱く曲げられますが、ダイヤモンドのような結晶を透過した可視光線は強く曲げられます。
結晶格子が「回折格子」の役割を果たして、すべての可視光線を強く曲げることになるのです。

つまり屈折率がガラスでは弱く、結晶では強いということです。
ガラスのレンズやプリズムに可視光を透過させると、かなり曲げられて集光や分光がみられますが、結晶ならもっと強く曲げられ、たとえば方解石という結晶鉱物では複屈折という強い屈折現象が見られます。
ただガラスでも高圧で圧縮すると屈折率が増します。
レンズでもそういうガラスを使うことがあります。
ガラス質では高圧を加えてやると、分子間が狭まり密度が増すので部分的に結晶構造に近くなるのです。
これは非晶質全般に言えることで、アクリルなどのプラスチックでも高圧で密度を高めると高屈折率を呈し、メガネレンズに応用することができます。
高圧下での非晶質では分子が部分的にそろって、結晶構造に近くなっていることが分光学の結果から示唆されます。

結晶でも金属でも、非晶質でも「融点」を持ちます。
ある温度で軟化し、液体になる温度を融点と言うのでした。
逆に液体から冷えて固体になる温度を凝固点と言います。
非晶質(ガラス質)でもそれはあって、特に「ガラス転移点」と呼ばれます。
「液体からガラス状になる温度」ということです。
プラスチックの物性においてガラス転移温度は重要です。
ガラス転移点以上の温度ではプラスチックやガラスは水あめのような粘度の高い液体になります。
プラスチックのこのような性質を熱可塑性(ねつかそせい)といいます。
加熱すると変化してさらに硬くなり、もはや加熱しても融解しないプラスチックを「熱硬化性プラスチック」といい、そのまま過熱し続けると熱分解して炭化してしまいます。

プラスチック製品を成型するにはガラス転移点以上の温度で流動化させてから金型(かながた)に流し込んで、冷やしてガラス化させてから金型から抜くのです。
化学繊維の紡績ではガラス転移温度以上に加熱したプラスチックをダイスと言う口金を通して線状に引き出して、テンションをかけて引っ張りながら巻き取ります。
このテンションをかけることを「延伸(えんしん)」といい、フィルム製造の場合はローラーで引っ張りながら(二軸延伸)強靭なフィルムを得ます。
延伸でどうしてプラスチックは強くなるのでしょうか?
これは延伸によってプラスチックの分子(高分子)が引き延ばされて揃い、部分的に結晶構造を呈するからだと言われます。
数本束ねた、縮んだ毛糸が引き延ばされるとどうなりますか?まっすぐに揃うでしょう?
結晶構造は物質を強くします。
それは構成する原子の動きが束縛されて、自由に動けなくなるから硬く強くなるのです。
そうすると、もろくなるということも言えますが。

結晶は応力を受けると破壊され、その傷は簡単には修復されません。
不可逆な破壊とでもいいましょうか。
ところが、非晶質はそうではない。
液体のように、ガラスを構成する分子の自由度がまだ残っている。
条件さえ整えば、割れた断面をもう一度、つなげばつながる可能性を秘めています。
水を「斬鉄剣」で切れば一瞬、断面ができるでしょう。しかしすぐに融和して元の水の塊になる。
それがガラスで起こったらどうですか?割れたガラスはもう一度、難なく修復し元通りになるはずだ。
それが相田卓三先生らによる研究の成果だったのです。

ガラスやプラスチックが破壊されても、もういちど断面を合わせれば、しばらくすると何もなかったかのように修復し、それは何度でも繰り返される…可逆な修復が起こる。
そういう条件を見つけられたのです。
結晶ではない、ガラスなどの非晶質だからこそ分子間に残る自由度が修復を可能にしたのですね。

相田先生は「アクアマテリアル」という高分子ハイドロゲルの研究もされています。
ほとんどが水と言う「アクアマテリアル」は、デンドリマー(樹枝状高分子)とクレイ(粘土)ナノシートに水を大量に含ませたものです。
吸水性高分子は紙おむつなどで、かなり前から市場に出回っていますが、そういう技術をもっと前進させドラッグデリバリーシステム(DDS)に応用したり、再生医療に応用できる技術です。
デンドリマーにはきっちりとした容積の分子すき間があり、そこに一定のイオン半径の金属イオンを取り込むこと(包摂)が可能です。
こういった化合物は配位子(はいいし)と呼ばれ、無機物や有機物でもひろくあり、キレーションという現象として分析化学での応用があります。
血液中のヘモグロビンの主成分、ヘム鉄は鉄イオンを配位子「ポルフィリン」で固定しています。
ビタミンB12もコバルトイオンをポルフィリンが固定しています。
クラウンエーテル(環状エーテル)は、さまざまな直径の分子リングを作って、その酸素原子の不対電子がイオン直径に見合った金属イオンを捕捉する包摂化合物であることが知られています。
デンドリマーもそのような化合物の仲間と言っていいでしょう。

先端化学は、新たな局面を迎えているという話題でした。