壮大な日本復活への序章…『死都日本』(石黒耀)
読了しました。

南九州、加久藤カルデラの「破局的噴火」がもたらす、黙示録の到来。
かつて『古事記』の国産みの神話が、現代日本人に警鐘を鳴らしていたのだとしたら?
主人公の火山防災学者黒木伸夫と新聞記者岩切年昭が「破局的噴火」に巻き込まれてからの逃避行を経糸(たていと)に、この天災に挑む中央政府、菅原総理を頂く危機管理室の面々や、アメリカ太平洋艦隊、ホワイトハウスの重鎮たち、そして被災する人々を緯糸(よこいと)にして、おそらく膨大な資料から織り込んだと思しい、超大作スペクタクルドラマでした。
作者の石黒耀は医師であり、子供のころから火山マニアだったとかで、その知識は専門家も凌ぐほどで、阪神淡路大震災を契機に、この作品が著されたことは、その後の日本の災害経験において大きな意味を持つと思われます。
小松左京の『日本沈没』に並び称されるパニック作品と位置付けられているのもうなずけます。

こういった、パニック小説は、ともすれば群集心理による人間の醜さ、無政府主義による人々の荒廃が描かれたりするのですが「破局的噴火」は、被災者にその余裕すら与えないのです。
火砕流に呑まれた人々は、固化しそのまま息絶えるのでした。
雲仙普賢岳の火砕流被害でも、相当恐ろしい記憶として私たちにあるのですが、加久藤カルデラの「破局的噴火」はその何千倍も大きく、また永く、人々を苦しめます。
その被害域は発災の九州から次第に海を渡り西日本を覆い、中部地方から関東地方に及んでいく。
過去の例から、この被害は北半球に「火山の冬」をもたらすだろうというところでお話は終わるのです。
宮沢賢治の『グスコーブドリの伝記』では火山灰によって温暖化が進んで、「寒さの夏」から逃れられるような記述がありましたが、実際はその反対で、気候は寒くなり、年間平均気温が最大5℃も下がれば、もはや氷河期です。
宮沢賢治が、岩手県花巻の厳しい自然の中で農業を進めていく仕事において「冷夏」つまり「寒さの夏」ほど身にしみてやるせない気象だったから、こういう物語にしたてたのでしょう。

地質時代において、大きな生物の絶滅にこういった火山灰(噴火だけでなく、隕石衝突による飛散物も含む)で寒冷化した気象が原因だという説もあります。
※最近では火星の生物が発生直後に絶滅した原因が火星の三分の一ほどの体積の小惑星衝突だという説もあるほどです。それまでは地球と同じように原生動物が繁茂していたと推測されています。

火山の噴出物が溶岩や火山弾、火山灰だけではないことがこの小説でかなり詳しく述べられます。
火砕流には岩屑流と火砕流サージが伴い、ブラスト(爆風)とその熱波は一瞬にして谷を駆け下り、下流の街を舐め、海を煮えたぎらせる。
降灰が家を押しつぶすくらい積もり、雪なら溶けるけれど、火山灰は溶けないのです。
火砕流は高い熱を保ったまま木々を焦がし、川水を沸騰させ、水蒸気爆発をそこらじゅうで起こし、破壊の限りを尽くすのでした。
そして「ラハール」の恐怖…火山灰のミストを含んだ大気は不安定で、発雷と集中豪雨をもたらすのです。
降り積もった火山灰に黒い雨が降ると、土石流となって、扇状地に広がった町が総なめにされます。
これを「ラハール」と呼ぶそうな。
港湾には大小さまざまな軽石が浮き、埋め尽くされ、船も降灰が積もって転覆します。
また火山灰に包まれた大気は太陽光を遮り、地表はどんどん冷えていくし、このミストは超短波の通信を害します。
凝灰岩、溶結凝灰岩というものが火山灰や火山弾の主体だと言います。
ちょっとした火山性地質学の啓蒙書ぐらいの内容があります。
そのためにかなり分厚い作品になっておりますので、文庫を手に取ったときに「うわぁ」と驚きの声を上げるかもしれません。

この作品に書かれている時間は、ある年の6月の数日の出来事です。
その大半が噴火からの24時間の出来事です。
前触れの日南沖地震(M7.2)と霧島山系の韓国岳(からくにだけ)の山体が大爆発し、ほぼなくなってしまうところから始まり、惨劇はその後またたく間に広がります。

地図が掲載されていますので、お話をたどっていけば、黒木たちがトヨタ「カリブ」でどこをどう走って、黒木の妻で、麻酔医の黒木真理が勤める「日南はまゆう病院」がどこなのかが手に取るようにわかります。
地形図ですから尾根筋、谷筋もよくわかります。

時の菅原和則総理大臣は、与党を倒して野党から政権を交代させたワンマンな男です。
この災害より少し前から、危機管理に重きを置いた国政を敷いていた。
日本が地震国であり、世界有数の火山国であることを念頭に、黒木などの学者を中心に対策を練り、国家予算も優先的につけていたのです。
黒木は、九州の日向大学で防災学の教鞭をとり、また宮崎県のマスコミにも寄稿するなどして、地元ではかなり有名な学者先生として売れていた。
菅原総理も黒木の著書の愛読者であり、彼を「K作戦」に招聘します。
後輩で、噴火前から行動を共にすることになる岩切は地元新聞の記者であり、黒木の論説を紙上に載せたりする関係だった。

「K作戦」とはなんだろう?
噴火後の日本壊滅を押しとどめる「神の手作戦」とはなにか?菅原総理の奥の手が、黒木の発案によって打ち立てられます。
日本は、もはや避難とか救援が無意味な阿鼻叫喚地獄と化しているのです。
世界の耳目が日本に集まりますが、同情だけではない。
あわよくば、日本がなくなったら、占領してやろうという中国の野望も見え隠れする。
アメリカは同盟国日本が倒れられると困るのです。
経済的に、日本は窮地に立たされます。
日本の国土や国民が大半、失われてしまい、生産性は無に帰するだろうというのが世界の投資家の見方であり、円売りが進み、円は紙切れ同然になる。
日本は、手を付けてはならない大量のアメリカ国債を売りに出して外貨を得ようとします。
その外貨とは南半球の国々の普段は安い外貨だった…何を意味するのか?
アメリカ政府も自国の国債を売り飛ばされては黙ってはおれません。
ドルまで急落しますから。

日本は、太平洋戦争で一度焦土と化しました。
そこからよみがえった経験があります。高度成長期ですね。
そこからバブル経済を経て、バブル崩壊とリーマンショックの憂き目にあい、日本の経済の先行きが不透明になったものの、強い円で持ちこたえた。
しかしその陰で、日本の内需は低迷し、賃金は上がらず、デフレ脱却は絵に描いた餅になりました。
この解決には「大ナタを振るう」という政治家が豪語するも、なにもできない。
タブーだが「戦争でもおこらないと」という「リセット論」がささやかれる始末です。
「現実にリセットなど起こしてはいけないし、戦争がだめなら未曽有の災害ならどうだ?」
という作家の考え方もわからなくはない。
しかし、これとても、ささやかな幸せをかみしめている多くの善人にとっては酷な話です。
物語だけにしていただきたい。
ただ、実際に被災された人々に力を与えるような作品であれば、その意義は大きいと思うし、自然災害は逃れられないものだから日ごろから防災や減災に努め、いざというときは腹をくくる準備の啓発にはなるだろう。

この『死都日本』は一種のリセット論を戦争によらずに、自然災害、それも未曽有の、日本人が絶滅するのではないかというほどの災害を経験することで、立ち直る気配を見せるという作品になっています。
そこには、憂国の精神論ではなく、もっと前向きな、これまでの「列島改造論的思考」でもなく、火山灰に覆われた不毛の大地を国民自らの手で緑豊かな国土、美しい国土を取り戻すんだという「ユートピア論」があるように思えます。

戦争では得られない、他者を憎まない建国。
世界の国々から「日本頑張れ」と応援される建国。
そういう理想を、この物語では訴えるのです。

菅原総理の世界に向けた「大バクチ」は実を結ぶのでしょうか?
そこには黒木の「あきらめない心」が確かにありました。
彼は火山大国日本を肯定し、そこから立ち上がる日本人を信じたのです。

この作品が発表されたのは阪神淡路大震災のすぐ後であり、東日本大震災や新燃岳噴火、熊本地震、沖永良部島噴火、広島水害の前ですから、そう考えると、とても緻密に練られた作品であることがうかがえます。
とくに東日本大震災で原発が破壊されたことへの懸念がすでに、この作品には描かれています。
九州の川内原発のことです。
予測性に於いて素晴らしい作品であり、ぜひ皆さんにも一読されることを、お勧めします。